前回のプネー紹介と関連して、これまで書き忘れていたことが2つほどあったのでこの機会に。一つは、シャシがあまり「ありがとう」と言わないことと、もう一つは彼女が常に身につけているネックレス、マンガルスートラのことです。
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まず「ありがとう」ですが。最初に『マダム・イン・ニューヨーク』をDVD(香港で買った海賊盤です、スミマセン)で見た時、何度か「あれ、そこに"Thank you"のセリフはないの?」と思いました。例えば、ニューヨークへ行く飛行機の中で、アミターブ・バッチャン扮する隣席の人にいろいろ教えてもらったり、助けてもらったりした時、小さな声でもいいから「Thank you」が入っていないのにちょっと引っかかったのです。でもその後、二度、三度と見直しているうちに、これもヒロインのシャシ(シュリデヴィ)のキャラクター作りかも、と思うようになりました。
というのも、もう40ン年前になりますが、大学でヒンディー語を学んでいた時、「ダンニャワード(ヒンディー語で”ありがとう”)」という言葉が出て来て、それについてインド人の先生がこうおっしゃったのです。「”ダンニャワード”はほとんど使うことはありません。我々インド人は、口で”ありがとう”と言うことはまずないのです。感謝の気持ちは、示す態度やちょっとした仕草、眼差しに込めたりするもので、言葉に出して言うものではありません」
その後数年してからインドに行き始め、以来40年ぐらいインドに通っている訳ですが、思い返してみると「ダンニャワード」という言葉を聞いたことはほとんどありません。壇上でのスピーチの時ぐらいで、普段のお付き合いでは耳にしたことは記憶にないのです。「ダンニャワード」に代わる言葉としては「Thank you」がよく使われますが、それもモダンな欧米化した人々の間で、という条件が付きます。いわゆる庶民の人たちは、例えば前年に撮った写真を持って行って仕立屋さんやジュース屋さんにあげたりしても、ちょっと小首をかしげるような動作をして、謝意を表してくれるのが普通でした。
脚本も担当したゴウリ・シンデー監督は、もしかしたらご自分のお母様の言動を観察し、シャシのキャラを作り上げたのかも知れません。「ダンニャワード」はもちろん、「Thank you」も連発しないという、どちらかというと古風な女性。それがシャシとして設定されたキャラクターなんだな、と試写の時プレスの監督インタビューを読んだりして、さらに確信を深めたのでした。
これを思い出したのは、ある方がツイートで、「いろいろな人に親切にされてるのに「サンキュー」と言わないヒロインに違和感。」(COCOの「『マダム・イン・ニューヨーク』に関するみんなのつぶやき」2014.6.15)と、私の最初の感想と似たことをつぶやいていらしたからです。上記のような可能性もあることを、ちょっと書いておきたかったのでした。
ニューヨーク到着当初は気分的に余裕がないこともあってか、道を教えてもらっても態度で謝意を示すことすらしなかったシャシですが、やがて「Thank you」が出るようになります。以前親切にしてもらった同級生のフランス人ローランにも、「あの時はありがとう」という言葉を言うシャシ。そしてクライマックスでは、素敵な「Thank you」が彼女の口からこぼれます。「ありがとう」シーンだけを繋ぎ合わせてみても、なかなか上手な脚本だということがわかりますね。そんなところにも注意して、ご覧になってみて下さい。
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続いてマンガルスートラの話ですが。これは、黒いビーズと金色の鎖とでできているネックレスで、トップには金のペンダントが下がっています。北インドの既婚女性が身につけるもので、夫が存命の人しかつけられません。シャシも常につけているのですが、ほとんどの場合トップがサリーの胸元の下に入っていて、見えていないのです。上の写真もそうですね。
珍しくマンガルスートラが外に出ているのが、ローランとのいざこざ(?)があったあとで、姉宅に戻って顔を洗うシーンです。体をかがめたからマンガルスートラが外に出た、ということでしょうか、それとも....。深読みすると、既婚の印のマンガルスートラが抑止力になった、と見ることもできます。
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もう1箇所、マンガルスートラがシャシの胸に輝いているのは、クライマックスの結婚式シーンです。下のシーンのほか、別の赤いサリーの時もマンガルスートラが別のネックレスと共に胸元に光っています。
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この両方の写真からわかるように、トップはお椀を伏せたような半球形の金細工が2つ並んでいます。このお椀型はマハーラーシュトラ州の人が好む形だそうで、このほか四角いプレート型や、扇形、楕円形、逆三角など、いろんな形のトップがあります。マハーラーシュトラ州では、新婚ホヤホヤの時はお椀の内側が見えるような形で首に掛け、数ヶ月するとこのシャシがつけているような形に変えるのだとか。これで、新婚さんかどうかがわかるわけですね。
インドの既婚女性はこのマンガルスートラを誇らしげにつけていて、たいていトップがよく見えるようにサリーの外に出しています。本作のシャシが常に内側に入れ込んでいるのは、婚姻に黄信号がともりつつあったため? それとも、高価な金のトップを泥棒などから守るためでしょうか?
実はマンガルスートラは『めぐり逢わせのお弁当』にも登場していて、ヒロインであるイラの心情を代弁してくれます。こちらはマハーラシュトラ州の州都である大都会ムンバイが舞台ですが、イラもかなりコンサバな女性で、下の写真のように、若いのにマンガルスートラを常に身につけているのです。
(C)AKFPL, ARTE France Cinema, ASAP Films, Dar Motion Pictures, NFDC, Rohfilm - 2013
この2本の映画で、マンガルスートラ深読み論が書けるかも知れませんね。サリーの美しさと共に、こんな所にもぜひご注目下さい。さて、明日は東京の上映劇場シネスイッチ銀座のレディースデー(珍しく金曜日なんですよ)。こちらの劇場のサイトや『マダム・イン・ニューヨーク』の公式サイトをご参照の上、お得な映画鑑賞をお楽しみ下さいね。