昨日のインド映画研究会:第9回例会は、森本素世子さんによる「道に迷ったガイド―文学から映画へ―」という興味深い研究報告でした。森本さんは東海学園大学の名誉教授で、インドにおける英語文学を主たる研究対象としている研究者です。そのインドにおける英語文学作家の一人、R.K.Narayan(R.K.ナーラーヤン。ここでは森本さんの表記に合わせて「R.K.ナラヤン」)が森本さんの研究対象の1人で、森本さんは彼の業績に関する種々の論文のほか、代表作である『The Guide』の日本語訳『ガイド』(発行:日本アジア文学協会/発売:めこん/1995年/2200円+税)も発表しておられます。
『ガイド』のあらすじをちょっとご紹介しておきましょう。ウダイプルの名物ガイドであるラージュー(翻訳ではラジュー)は、母との2人暮らし。ある時遺跡を探しにやってきた初老の考古学者マルコとその若い妻ロージーをガイドすることになりますが、マルコは貴重な遺跡を発見して有頂天になり、ロージーのことなどほったらかし。ロージーはもと踊り子で、いわばマルコに金で買われて結婚したようなもの。自分を無視する夫への反発もあって、ロージーはラージューに接近、ラージューもまた世の常識に当てはまらないロージーに惹かれていきます。やがて2人は恋仲になり、マルコと別れたロージーはラージューをマネージャーに舞踊家としてデビュー、名声を勝ち得ていきます。彼女の人気と金におぼれたラージューは、やがて彼女のサインを偽造して金を手に入れようとしたのが元で逮捕され刑務所へ。彼の刑期が終わる出所日に、ラージューの母とロージーは刑務所に迎えに行きますが、ラージューは模範囚として半年も前に出所した、と聞いて驚きます。その頃ラージューは各地を放浪していたのですが、ある村へ行った時に村人から高名な聖者(スワーミー)だと誤解され、雨乞いの行をやる羽目になります。その場から逃げたいと思いつつ、断食をして雨乞いの行を続けたラージューは、母親とロージーが行った時にはもう衰弱しきっていました...。
©National Film Archive of India (NFAI)
こんなストーリーなのですが、1958年に出版されたこの小説の映画化権を、俳優でプロデューサーでもあるデーウ・アーナンドが手中にし、ヒンディー語版と共に英語版も作ることになりました。主演は、ガイドのラージュー役にデーウ・アーナンド自身、相手役のロージーにワヒーダー・ラフマーン。英語版の監督はデーウ・アーナンドが海外の映画祭で出会ったアメリカの監督タッド・ダニエレブスキー、そして、ヒンディー語版はデーウ・アーナンドの兄で、名監督と言われたチェータン・アーナンドの予定でした。ところが、経費削減のため両言語版を同時に撮影する、という方式がなかなかうまくいかず、結局チェータン・アーナンドが怒って降りてしまい、その後監督はチェータンとデーウの弟ヴィジャイ・アーナンド(あだ名の「ゴールディー・アーナンド」の方が知られており、俳優でもあった)に変更となります。こうして183分のヒンディー語版と、120分弱の英語版とができるのですが、英語版はソング&ダンスシーンが2カ所だけになったほか、欧米向けのインド観光映画的要素が色濃く出る作品となったのでした。
©NFAI
昨日の森本さんの発表では、当初サタジット・レイ監督が映画化を望んでいたことも述べられ、聞いていた人々を驚かせました。これら当時の事情は、映画史家のナスリーン・ムンニー・カビールがワヒーダー・ラフマーンにインタビューしてまとめた対談本「Conversations with Waheeda Rahman」(2014)に詳しく語られています。また、デーウ・アーナンドの自叙伝「Romancing with Life」〔2007〕も参考書として挙げられていました。
©NFAI
昨日の発表では、「テーマは不倫(マルコの不在中にラージューとロージーは関係を持つ)なのか?」という問いも出され、「女性の自立を描いたが、1960年代半ばのインドにはまだ早すぎた」との分析が。ナラヤンの思いは、「運命の網に捕らえられた人間のあがき、そして、そこからの精神的再生(悟り)の物語である」ということだったのでは、とレジュメには述べられ、最後は聖者にならされそうになり、一度ならず逃げようとしたが、結局人々の祈りを一身に引き受けて断食死していくラージューの姿が説明されました。
©NFAI
今回英語版を見直してみると、ラージューが出所後出会い、聖者と誤解されるきっかけをつくった村人を演じていたのが、何とK.N.シンハだったことがわかり、ちょっとびっくりしました。グル・ダットの監督第1作で、デーウ・アーナンドが主役を演じた『賭け』(1951)などにも出演しており、当時の名脇役、特に暗黒街のボス役に欠かせない俳優だった人です。きっと、英語がしゃべれるかどうか、ということで、ヒンディー語版の役者とは人選が変わったのでしょう。いろんな発見があった、面白い研究会でした。映像のクオリティが悪かったり、途中音声がわざと消してあったりしますが、ヒンディー語版『Guide』はこちら、英語版『The Guide』はこちらで見ることができます。R.K.ナラヤンの小説の映画化については、もっと書きたいこともありますので、またいつか。こんな研究発表も聞けるインド映画研究会、参加したい方はいらっしゃいませんか? 参加条件は、一度、何か研究発表をする、ということだけで、今のところ来年1月までは発表者が決まっているため、来年3月以降の発表となります。特に、若い方のご参加を願っていますので、インド映画研究を目指す大学院生の方など大歓迎です。お待ちしています~(このブログのコメント欄に、その旨とご連絡先のメールアドレスを書いて下されば、直接ご連絡します)。
最後に、ヒンディー語版『Guide』の中で、最も美しいソング&ダンスシーンを付けておきます。意味深な歌詞「Aaj Phir Jeene Ki Tamanna Hai(今日はまた、生きたいと思う)」、ラター・マンゲーシュカルの美しい声でどうぞ。
Aaj Phir Jeene Ki Tamanna Hai - Guide - Lata Mangeshkar - HD