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舞台劇から香港映画へー『29歳問題』

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今回もギリギリのお知らせですが、5月19日(土)から香港映画『29歳問題』の公開が始まります。昨年3月の大阪アジアン映画祭で上映され、観客賞を受賞した作品で、こういうフツーの香港の若者たちが主人公になった映画の公開はずいぶん久しぶりのような気がします。で、「29歳問題」って何? と言われそうですが。それにお答えする前に、まずは映画の基本データをどうぞ。

© 2017 China 3D Digital Entertainment Limited

『29歳問題』 公式サイト 
2017年/香港/広東語/111分/原題:29+1/英題:A Taxi Driver
 監督・脚本:彭秀慧(キーレン・パン)
 主演::周秀娜(クリッシー・チャウ)、鄭欣宜(ジョイス・チェン)、蔡瀚億(ベビージョン・チョイ)、楊尚斌(ベン・ヨン)、金燕玲(エレイン・ジン)、林海峰(ジャン・ラム)、葛民輝(エリック・コット)
 提供:ポリゴンマジック
 配給:ザジフィルムズ、ポリゴンマジック
※5月19日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

 

© 2017 China 3D Digital Entertainment Limited

映画は、2005年の3月のある日、林若君(ラム・ヨックワン)、英名クリスティー(クリッシー・チャウ)が目覚めるシーンから始まります。目覚まし時計が6:29から6:30になったところでベルが鳴り出し、それをバーンとたたきつけるようにして止めるクリスティー。朝は出勤まで大忙しなのは、どこのOLも変わりません。気分をアゲて、お肌のケアももちろん忘れずに、服はどれ? バッグと靴のコーデは? とやっていると壁に水がしみ出していて、壁紙が無残にはがれた所を見つけるし、エレベーターは故障していて、12階から階段で降りる羽目になるし。途中で出会った大家さん(ジャン・ラム)に文句を言いつつ出勤してみれば、自分より若い同僚たちの間で浮いてる感があるのもちょっとイタいクリスティー。とはいえ、やり手の女性社長(エレイン・ジン)に認められ、クリスティーは昇進を果たします。このように仕事は順調ではあるのですが、恋人の楊子豪(ヨン・チーホウ/ベン・ヨン)との関係がちょっとぎくしゃくしているのと、一人暮らしの父親が認知症になりかけているのが気がかりと言えば気がかりです。

© 2017 China 3D Digital Entertainment Limited

ところが、突然大家さんから出て行ってほしいと言われ、追い立てをくらう羽目になってしまいます。ちょうど会社で大きなイベントがあったり、父親が入院したりして次の住まいを探す時間もないまま、クリスティーは大家さんが紹介してくれた、1ヶ月間留守にする間部屋を貸す、という女性の住居に住むことに。古いビルにあるその部屋の住人は、レトロなレコード店で働く黄天樂(ウォン・ティンロ/ジョイス・チェン)という、偶然クリスティーと同じ誕生日の女性でした。ティンロは留守を守ってくれる人のためにビデオメッセージと日記を残しており、それを見ながらクリスティーはティンロのことを少しずつ知っていきます。ちょっとぽっちゃりしていていつも笑顔のティンロには、友達以上恋人未満の親友張漢明(チョン・ホンミン/ベビージョン・チョイ)がいて、部屋には二人のインスタント写真がいっぱい貼ってあります。ティンロは歌手の張國榮(レスリー・チャン)の大ファンで、今回1ヶ月間留守にしているのも、レスリーが1989年に出演したテレビの単発ドラマ「日落巴黎(パリの日没)」に憧れてパリ旅行に行くためでした。ティンロという見知らぬ女性の姿に自分を重ねるうちに、クリスティーは徐々に今の自分を見つめ直していくことになります...。

© 2017 China 3D Digital Entertainment Limited

元になったのは、本作のキーレン・パン監督が作・演出を担当し、主役を演じて2005年に舞台に乗せた演劇「29+1」。この舞台劇でキーレン・パン監督は主役の2人を一人で演じ、男優2人を相手に29歳女子の本音を表現して大喝采を博しました。元々キーレン・パン監督は、湾仔にある香港演藝学院の表演学科を卒業後、1979年設立という歴史を持つ商業演劇の「忠英劇団」で活躍してきたそうで、その後2005年には「キーレン・パン・プロダクション」を設立、様々な舞台を手がけています。その一方で、2006年に彭浩翔(パン・ホーチョン)監督の『イザベラ』の脚本を共同執筆し、映画界とも縁ができます。その後もちょい役でいくつかの映画に出たあと、今回自身の舞台劇を映画化するにあたって、初監督に挑戦した、というわけなのでした。

© 2017 China 3D Digital Entertainment Limited

2018年春現在ですでに100回以上上演されているという「29+1」の映画化は、キーレン・パン監督にとって、やりやすい面とやりにくい面があったことでしょう。しかし前半は、アップテンポで次々とクリスティーの身に起こる事件をたたみかけていき、後半はティンロの部屋で様々に思いを巡らせるクリスティーと、フラッシュバックで登場するティンロをうまくからませて、二人の29歳女性がどのように人生を選び取っていくのかを見せます。後半には舞台を思わせる場面転換シーンもあり、このあたりは評価が分かれるところでしょうが、あえて映画の文法を無視して舞台劇の手法を取り入れた監督の勇気は評価すべきで、こういったことから香港電影金像奨の新人監督賞も獲得したのでしょう。また、クリスティー役のクリッシー・チャウの広東語が目の覚めるようなクリアな発音で、これも舞台劇の影響を感じる一因となっています。余談ですが、YouTubeにアップされているキーレン・パン監督、クリッシー・チャウ、そしてジョイス・チェン3人一緒のインタビューを見てみたところ、クリッシー・チャウのしゃべり方はフツーの香港女性のしゃべり方に戻っている一方、キーレン・パン監督のしゃべり方は映画中のクリスティーそのもので、なるほど、監督の指導で劇中ではあのクリスティーの明確なしゃべり方になったんだな、と納得しました。

© 2017 China 3D Digital Entertainment Limited

かたや、ジョイス・チェンはインタビューでも劇中のティンロそのまま。お母さんゆずりなのか声の出し方がしっかりしていて、こちらも広東語がよくわかります。ジョイスは2008年に亡くなった「肥姐」こと沈殿霞(リディア・サム)と「秋官」こと鄭少秋(アダム・チェン)の娘で、1歳になるかならないうちに両親が離婚し、その後母の肥姐に育てられました。歌手、俳優、司会者として活躍した母の様々な才能を、体型も含めて受け継いでいるようで、ジョイスが出てくると画面がなごみます。キャラクター設定としてはちょっと不思議ちゃん系女子なのですが、それが不自然にまったく思えない、素晴らしい演技を見せてくれます。ジョイスの演技を助けるのが、ボーイフレンド役のベビージョン・チョイで、童顔が役柄にぴったりハマり、後半パートをさらに心地のいいものにしてくれます。キャスティングの勝利ですね。

© 2017 China 3D Digital Entertainment Limited

キャスティングと言えば、脇に味のある有名人が出ているのも本作の見どころです。クリスティーが最初に住んでいた部屋の大家はジャン・ラムが、そして引っ越す時のタクシー運転手はエリック・コットが演じているのですが、この二人が「軟硬天使」というユニットを組んでいたことは、1980~90年代に香港映画に夢中になった方はよくご存じでしょう。アルバムを出したり、DJをしたり、映画でも活躍したりと、芸能人というよりは香港文化人として才能を発揮している二人。どちらも50歳代になってしまいましたが、相変わらずちょっとトンがった、いい味を出しています。また、ジョイスがバイトしているレコード店の店長として、「阿丹」こと鄭丹瑞(ローレンス・チェン)が出演。この人も、監督、俳優、脚本家、司会、DJ、作家等々マルチに活躍している人で、香港文化人と言っていい人です。劇中では自虐ネタ(?)を飛ばしたりしていますが、彼を知っている香港人なら大笑いするところですね。あともう一人、意外な人も出てくる(何と、電車の中で!)のですが、それはご覧になってのお楽しみ。そうそう、黎明(レオン・ライ)もサカナにされています。

 

© 2017 China 3D Digital Entertainment Limited

そして、忘れてはならないのが歌手であり俳優であったレスリー・チャンの間接的な出演。ストーリーに書いたようにティンロが大ファンで、パリに出かけて行くほど夢中になった彼のドラマが「日落巴黎(パリの日没)」、1989年の4月23日に香港の人気テレビ局TVBで放送された単発の音楽ドラマです。下は、多分レスリーのコンサート@香港で買ったグッズだと思うのですが、「日落巴黎」の”飛び出すレスリー”カードです。

カードを開けると....

ドラマの共演は張蔓玉(マギー・チャン)と鍾楚紅(チェリー・チョン)で、この二人の名前も映画の中に登場します。「日落巴黎」はレスリーを巡るこの二人との関係にレスリーの曲をちりばめた音楽ドラマ、というわけですが、その中から「由零開始」の曲が『29歳問題』では使われています。実はこのブログの第1回記事のタイトルが「由零開始」だったことからもおわかりのように、レスリー・ファンにとっては忘れられない曲の一つなのですが、この映画ではぴったりの使われ方がされていました。キーレン・パン監督もレスリー・ファンなのかな、と思ったものの、レスリーが亡くなってまだ2年しか経っていない2005年の描き方に少々違和感を覚えるところもあるので、ノスタルジアのアイコンとしてレスリーを登場させたのでしょう。

© 2017 China 3D Digital Entertainment Limited

とはいえ、ノスタルジア満載の過去にとらわれた作品ではなく、今日の香港、いや、香港だけではない世界中の若い女性の生き方に訴えかけてくる、しっかりしたメッセージ性を持つ作品です。最初に戻りますが、「29歳問題」とは、大台に乗る直前の不安定な心情が引き寄せる、様々なトラブルを指します。「30歳、何がめでたい」とばかりに、その直前であれやこれや考えこみ。落ち込んでしまう29歳というお年頃。それを乗り越え、自分らしく生きていくためにはどうすればいいのか。その本質がつかめれば、29歳問題だけでなく、39歳問題も、49歳問題も、59歳問題も(これ、結構、応えますよ~)怖くない。介護も病気も失恋も失職も、何にだって立ち向かえる。明確な答えが出てめでたしめでたしという結論にはなっていませんが、見る人に考えることをうながし、困難に立ち向かう勇気を与えてくれるのは確か。最後に予告編を付けておきますので、特に女性の皆さんはぜひどうぞ。

『29歳問題』予告編

 

 


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