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Channel: アジア映画巡礼
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2020 FILMeX & TIFF<DAY 7>

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今日は、FILMeXで自分が字幕を担当した作品『マイルストーン』の上映に行ってきました。TOHOシネマズ シャンテにうかがうのはおそらく今日が最後になると思うのですが、行くたびに感心したのは、スタッフの皆さんのテキパキした対応ぶり。さすがプロ、という感じの場面に何度か出会い、行き届いた案内の仕方などに内心で頭を下げたこと数えきれず。ありがとうございました。

『マイルストーン』
2020/インド/ヒンディー語・パンジャービー語/98分/原題:Meel Patthar मील पत्थर /英語題:Milestone
 監督:アイヴァン・アイル(Ivan AYR)
 出演:スヴィンダル・ヴィッキー(Suvinder Vicky)、ラクシュヴィール・サラン(Lakshvir Saran)

ストーリー等は以前こちらでご説明しましたが、その後2週間の間に、字幕を仕上げるためにもいろいろ調べまくったことから、かなり理解が深まってのスクリーン鑑賞となりました。主人公は、デリーのトラック運転手ガーリブ(スヴィンダル・ヴィッキー)で、今回の上映後のQ&Aで、「ガーリブ」という有名なムスリム詩人の名がつけられているものの、彼はシク教徒だということが監督の説明から判明しました(ターバンを被っていないシク教徒については後述)。ガーリブはシク教徒のギル社長とその息子が経営しているトラック配送センターで働くベテラン運転手なのですが、少し前にシッキム出身の妻エタリを亡くしていました。このシッキム出身の女性と結婚、というのが一つの大きな疑問点で、それはネットでの監督インタビューによると、「トラック運転手たちの多くは結婚できずにいて、結婚相手を求めてノース・イースト(インドの北東部の諸州を指し、ナガランドやアッサムなどのほか、少し離れた少し離れたシッキムも含まれる)に行くケースがある」とのことで納得。監督は、「ガーリブは父がクウェートに出稼ぎに行き、そこで生まれてその後インドに戻ったため、インドでは疎外感を感じていたし、シッキム出身の妻も、北西インドに連れてこられて疎外感を感じていた」という分析も語っています。その孤独な魂が相寄る形で仲のいい夫婦だったのでしょうが、夫を愛しているがゆえに夫の浮気を疑い、妻は一気に思い詰めて自殺に走った、というストーリーのようです。

もう一つ調べてわかったことは、ガーリブは超有名な19世紀の詩人ですが、彼が助手として同乗させる若者パーシュ(ラクシュヴィール・サラン)の名前も、また有名な詩人から取られたということでした。パーシュ(Pash)は1970年代に活躍したパンジャーブ語の詩人で、ナクサライトと呼ばれる極左運動の思想を謳う詩人だったようです。これは、ガーリブがパーシュという名前を聞いた時に微妙な反応を示したため調べてみてわかったのですが、観客の皆さんにも気づいてもらいたく、2人の初対面シーンでは字幕になるべく回数多く「パーシュ」という名前を出しておきました。でも、トラックの運転手にはちょっとそぐわない名前で、どうして主人公2人をこういうネーミングにしたのかなあ、と字幕を仕上げながらずっと疑問に思っていました。今日の監督とのオンラインQ&Aで、聞けたら聞きたいと思って出かけた次第です。

監督のイヴァン・アイル(上写真)は映画祭のカタログによると、インドで電気工学を学んだ後アメリカに留学し、カリフォルニア州の大学で英文学を学んだという変わり種のようです。ですので英語がとてもきれいで、インドなまりが全然なし。短編映画を3本撮ってから劇映画『ソニ(ソーニー)』(2018)を撮り、この作品が各地の映画祭で上映されたり、賞を取ったりして注目されました。2作目が本作で、プロデューサーのキムシー・シンは彼の奥様です(前掲の監督インタビューによる)。というわけで、市山尚三ディレクター、通訳松下由美さんでQ&Aが始まったのですが、いい質問が次々出て、監督も嬉しそうでした。私も、QRコードの読み取り(画面の左上に、質問できるサイトに行くQRコードが出るのですが、右端の前方の席に座っていた私のスマホではなかなか読み取れなくてあせりました)に苦労しながら、何とか「ガーリブとパーシュ」についての質問を送りました。このQ&Aは、後日映画祭の公式サイトに動画がアップされると思うので、見てみて下さいね(すみません、Q&Aを書き起こす余力なし、なので、アップされたらまたお知らせします)。

シク教徒のネーミングについては、以前にも書いたかも知れませんが、シク教徒特有の名前(「~ダル」が付いたものなど)のほか、他宗教の人が使う名前もよく見受けられます。インドの経済発展を主導した大蔵大臣で、のちに首相となったのはマンモーハン・シンという、ヒンドゥー教徒にもよくある名前のシク教徒でしたし、私の知人女性は「グレース」という英語名のシク教徒でした。男性のターバン&ヒゲ姿も、パンジャーブ州の田舎から出てきてトップ俳優になったダルメーンダルなど、映画界で働くシク教徒は多くが髪を切りヒゲを剃って、外見からはシク教徒とはわかりません。また1984年の、シク教徒SPによるインディラー・ガーンディー首相暗殺事件以降は、シク教徒が襲われる事件が多発したため、髪を切りヒゲを剃った人も多かったのです。『マイルストーン』でもガーリブのほか、ギル社長の息子(映画の中では呼び名は出てこなかったため、「若社長」という名で訳出しました)も外見からはシク教徒とはわかりません。こんな風に、一般的には名前から信仰する宗教がわかるインド人の世界ですが、なかなかに複雑なのです。

<TIFF>

『悪の絵』
2020年/台湾/北京語/83分/原題:惡之畫/英語題:The Painting of Evil
 監督:チェン・ヨンチー(陳永錤)
 出演:イーストン・ドン(東明相)、リバー・ホァン(黄河)、エスター・リウ(劉品言)
画像はすべて©Positivity Films Ltd. & Outland Film Production

「台湾電影ルネッサンス2020」の4本の内の1本です。画家のシュー・パオチン(許寶清/イーストン・ドン)は、刑務所の受刑者に絵を教えに通っています。現在は6、7人の受刑者に教えているのですが、みんななかなかいい絵を描くことから、いつか展覧会をしたいと思い、毎回指導の終了後に1人ずつをモデルにして、自分の作品も仕上げていました。受刑者たちの中でひときわ目立つ個性的な抽象画を描くのは、まだ若いジョウ・ジャンティン(周政廷/リバー・ホアン)で、シューは彼の作品に圧倒される思いを抱いていました。シューのパトロンと言えるのは画廊の女性経営者リー・シャンシャン(エスター・リウ)で、彼女はシューの作品展をさせてくれるなら、そこに受刑者たちの作品を同時展示してもいい、と提案します。こうして展覧会が実現したのですが、そこにジョウの絵とシューの描いた彼の肖像画が展示されたため、それに反対する人々が押し寄せます。実はジョウは、無差別殺人事件を起こし、何人もの人を殺傷した犯人だったのです...。

刑務所での絵画教室の様子はほほえましく、「これはずっと昔に別れた息子なんだよ」とデフォルメされた男の姿を描く中年の男などもいて、一種の受刑者セラピーになるのでは、と思わせてくれます。ですが、不気味とも言える絵を描くジョウは、自分の起こした事件を後悔や反省している様子がまったくなく、嬉々として絵を仕上げていくのです。シューは彼の絵の根源をさぐるべく、元いた家に行ってみたり、彼の起こした事件の被害者をスケッチしたり、家族と会おうとしたりしますが、その行動も何と言うか暗い意思に突き動かされている感じで、見ていてあまり気持ちのいい作品ではありませんでした。

シューは耳が少々不自由で、そのため発話にも少し難がある、という設定なのですが、演じているイーストン・ドンはデビュー作『練習曲』(2007)でもそういう設定だったので、彼自身がそうなのだと思います。シューは事件当時台湾にいなかったため、ジョウの事件のことを知らなかった、という設定になっており、シューは前述したような行動をとるのですが、それはダメでしょ的な行動もあって、脚本がいまひとつ。シューが探し出す彼の絵の根源にあったものも、「それはないんじゃない?」という光景で、差別的な感情を引き起こしそうで目をそむけてしまいました。ジョウがなぜ無差別殺人(バスの運転手を殺し、その後バスを降りてからも歩行者を襲って死傷者を出した)を犯したのかも説明されず、単なる狂気に駆られた青年、という描き方が何とももどかしく、つらい作品でした。リバー・ホアン、今度は別の作品で会いたいです。

 


『ミッション・マンガル』チラシが出来ました!

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明年1月8日(金)ロードショー公開の『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打ち上げ計画』、チラシをいただきました。まずは、裏と表をスキャンしましたのでどうぞ。

そろそろ各劇場に置かれていると思いますので、ゲットしに行って下さいね。では、これから夕飯用サンドイッチ作ってTIFF出勤のため、またあとでお目にかかりましょう(って、今日は映画の報告記事、書けるかな??)。

 

2020 FILMeX & TIFF<DAY 8>

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本日は諸般の事情から、夜の時間に1本だけ見ました。久しぶりの深夜帰宅、しかも明日は朝10時からFILMeX、というわけで、簡単に本日見た『アラヤ』のご報告を。

『アラヤ』
2020年/中国/北京語/150分/原題:無生/英語題:Alaya
 監督:シー・モン(石夢)
 出演:ホウ・インジュエ(侯[王嬰][王玉])、ジャン・シューシュエン(姜序萱)、ジャオ・シャオドン(趙暁東)

冒頭、禁猟区となっている山に入っていく父親が、7歳の息子シャオフーに言い聞かせています。まだ小さいので連れて行けないこと、そのかわり斥候の役割をして、監視員が来たら笛を3回吹くこと、もうすぐ8歳になるので、そしたら一緒に猟に連れて行くこと...。こうして父親は夜の山に入っていきますが、息子はそっと後をつけ、そのまま行方不明になってしまいます。父親は半狂乱になって捜したのですが、息子は見つかりませんでした...。

その後、山の麓の村に住む寡婦のリェン(ホウ・インジュエ)が登場、小学生の息子ライシュンがいるのですが、美人なので何かにつけ村の男たちからちょっかい出されたりします。今日も、遠くの広場で開催された伝統演劇公演に便乗して、刺繍した品物などを売った帰り、強制的に車に乗せられてレイプされそうに。それを救ったのは、山にずっと暮らしている男でした。と、ここまでが30分で、ここでやっとタイトル「無生」が出ます。

次には、街で堕胎手術を受けようとして思い直し、妊娠させた相手ミンの所へ、「私、産むから」と宣言しに行くジェンルー(ジャン・シューシュエン)が登場。1人で産み落としたものの、赤ん坊の紫色の顔色に仰天し、ミンに頼んで赤ん坊を病院へ連れて行ってもらいます。医師から先天性の心臓疾患だと告げられ、とりあえずは1粒30元という高い薬を飲んでおき、落ち着いたら大きな病院で見てもらって手術をしてもらうよう言われます。面倒くさくなったミンは、帰途、赤ん坊を山中に置いてきてしまいます。その赤ん坊を拾ったのは、山に住む男でした。彼は赤ん坊を一生懸命育てようとし、病気らしいとわかって、村に一軒しかない薬局に薬をもらいに行きます。医師も兼ねるそこの薬剤師は、リェンの息子ライシュン(ジャオ・シャオドン)でした...。

こうして、お話がゆったりと進行していくのですが、最後にフィルムが巻き戻されるようにして、それぞれの人間関係がわかります。2時間半という長さでもあるので、おそらく日本での公開はないのでは、と思うためネタバレを書いてしまうと、ジェンルーはリェンの娘で、ライシュンの父親違いの妹でした。「アラヤ」は村の名前「阿賴耶村」のことですが、この「阿賴耶」や中国語原題「無生」は仏教用語であるとのこと。因果応報、諸行無常といった仏教思想をこの物語で表しているようです。

それは何となく理解できるものの、最後の謎解きに溺れてしまったような感じもなきにしもあらず。監督はシー・モンという女性で、1987年生まれ(下写真)。脚本やプロデュースも自分で担当している才能豊かな人のようですが、こちらの胸に迫ってくるものがなく、辻褄の合わないところは「幽霊落ち」にしてしまうなど、じっくり腰を据えた撮り方と反比例するような点があってちょっとため息でした。撮り方はすごく力があって、150分、映像の力だけで退屈せずに見ていられるものの、窓ガラス越しとか鏡に映った姿とかの映像処理が多く、またこれか、と最後は飽きてしまいました。すみません、わがままな観客で。次作に期待、というところです。

両映画祭も残すところあと3日。明日も有楽町⇒六本木コースです(結構な遊び人みたいなセリフですね...)。

 

2020 FILMeX & TIFF<DAY 9>(上)

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今日は早起きして(私にしては...)FILMeX、その後TIFFで台湾映画を2本というスケジュールでした。その早起きして見た作品『デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング』が非常に中身の濃いドキュメンタリー映画だったので、まずはこの1本だけをご紹介します。

『デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング』
2020/アメリカ/英語/83分/原題:Denise Ho: Becoming the Song  
 監督:スー・ウィリアムズ(Sue WILLIAMS)
 出演:デニス・ホー(Ho Wan Si/何韻詩)

デニス・ホー(何韻詩/ホー・ワンシー)は、1977年5月10日香港生まれ。両親はいずれも教師で、兄が1人います。香港返還が決まった1984年の中英共同声明のあと、一家は1988年、デニスが11歳の時にカナダに移民します。1988年は「8(音が“発達=金儲け”の”発”に通じるというので、中国語圏では縁起のいい数字とされている)が2つ重なるので縁起のいい年」とされ、この年香港は海外移民ブームに沸いたのでした。カナダで閑静な住宅地に暮らし、のびのびと青春時代を過ごしたことを、デニスは本作の中でも懐かしみ、両親に感謝しています。

Anita Mui Yim-fong 2000s.jpg

歌手になろうと思ったきっかけも、興味深いものでした。まだ香港に住んでいた9歳の時に、デニスは紅館と呼ばれる香港コロシアムで行われた、当時人気急上昇中の女性歌手梅艶芳(アニタ・ムイ/上写真は香港版Wikiより)のコンサートに行きます。その時からデニスはアニタ・ムイの大ファンとなり、自分も彼女のような歌手になりたいと思い始めました。カナダ時代にも歌を歌ったり、曲を作ったりしていたのですが、やがて香港に戻り、1996年無線電視(TVB)の第15回新人歌手コンテストに出場して優勝、歌手デビューへの道が開けます。しかし、このコンテストのスポンサーだった華星(キャピタル・アーティスト)というレコード会社は、アニタ・ムイや張國榮(レスリー・チャン)を擁する歌謡曲系ポップスを得意とする会社で、デニスのカラーはそれに合致せず、彼女は苦闘することになります。デニスはそれまでもアニタ・ムイに2週間に一度はファンレターを書いていたそうなのですが、彼女に頼み込み、弟子にしてもらいます。そして、アニタ・ムイのバックコーラスなどをこなすうちに、彼女と一緒に歌った曲「女人煩」が1999年のアニタ・ムイのアルバムに入り、やっと実質的なデビューを果たすのです。

First

その後、レコード会社を移籍したりして初アルバム「First」が出たのが2001年(上の画像はこちらのサイトより)。以後デニスは実力派歌手として様々な賞を受賞したりするのですが、2003年12月30日、アニタ・ムイが病気で亡くなってしまいます。まだ40歳でした。この年は、年頭から香港をSARS(コロナウィルスによって引き起こされる重症急性呼吸器症候群)が襲い、4月1日にはレスリー・チャンが自殺するなど、香港の芸能界にショックな事件が起きた年でしたが、アニタ・ムイの逝去はそれにダメ押しをするような出来事でした。デニスも本作の中で、大きなショックを受けたことを語っています。アニタ・ムイが亡くなったあとの10年はいつも彼女の影を感じていたそうで、デニスのコンサートにもアニタ・ムイのコンサートの影響が色濃く出ていた、という話にかぶる映像は、なるほど、と納得のものでした。

今回上映された本作は、歌手としてのデニスよりむしろその後の社会活動家としての彼女を描いているため、上記のような部分は簡潔に説明されています。それでも、1997年の香港返還を挟んだ約20年の香港の状況が的確に捉えられており、当時香港に併走していたような思いを今も抱く人にとっては、アニタ・ムイとレスリー・チャンが歌う「芳華絶代」が流れるなど、心を揺さぶられるシーンがたくさん登場します。その頃からの香港映画&音楽ファンの人には、絶対に見てほしい作品です。その後、デニスは30歳ぐらいの時から香港の社会問題に目を向けるようになり、障がい者の人と一緒に歌ったり、「達明一派(タットミン・ペア)」の黄耀明(アンソニー・ウォン)の同性愛者カミングアウトに影響を受けたりと、いろいろ試行錯誤を重ねます。アンソニー・ウォンは本作の冒頭から、コメンテーターのような形で発言する人たちの1人として登場するのですが、彼と達明一派についてはのちほどまとめることにします。

その後デニスは歌手としても活動の場を広げ、中国大陸でもコンサートを行ったりして、ファンを増やします。それに伴い、中国市場向けの顔としていろんな商品のCMにも起用されていきます。ところが2014年、香港の行政長官(香港では「特首=香港特別行政区の首長」と呼ぶ)選挙に関して中国政府が、民主派の人間が立候補できないよう横やりを入れてきたことから、香港で大規模な反対運動が起こります。アンソニー・ウォンらと共にデニスも反対運動に参加、中国政府の顔色をうかがう芸能人がほとんどという中で、デニスらは積極的に運動の最前線に立ち、発言を重ねていきます。その後、この運動は香港島北部の中環や金鐘地区の占拠という「雨傘運動」へと発展していくのですが、最終的には鎮圧されてしまいます。

そして、デニスへの見返りは、中国での活動ができなくなり、CMからも降ろされるという、実に露骨なものでした。以後、小さな会場やライブハウスでのコンサートを続けながら、デニスはその後も香港の将来のために社会的、政治的活動を続けています。時には国連で窮状を訴え、時には海外在住香港人の前でコンサートを行うなど、精力的に活動するデニスの姿をほぼ昨年末まで追って、本作は終わります。

本作を見てとても印象に残ったのは、最前線に立ちながら「冷静に!」とみんなに呼びかけ、相手の警官たちに向かっても対話しようとするデニスの姿でした。上は逮捕されるシーンですが、その後、その時捕まった仲間たち全員が釈放されるのを見届けてデニスは警察署から出てくるなど、活動家として実に立派な人だ、と思わせられました。本作はここ数年間の運動の記録としてだけでも見る価値があり、ニュース映像では知り得なかったシーンが見られます。また、もう一つ印象に残ったのは、デニスをサポートする素晴らしい家族でした。今は香港に戻っているらしい両親の知的な様子、バックバンドのピアニストととしてもデニスを支える兄が垣間見せる配慮など、人間性に感服するシーンも多々ありました。

そして、アンソニー・ウォンの健在ぶりも、嬉しい驚きでした。達明一派は1984年に結成されたデュオで、異能の作曲家劉以達(タツ・ラウ)がほとんどの曲を作り、これまた異才と言うべき作詞家陳少琪がとんがった歌詞を付けて、1986年にアルバムを出します。哲学的で虚無的というか、当時の香港ポップスとは全く異質な歌詞に、タツ・ラウのテクノ系音楽がピッタリとハマって、一面で当時の香港の気分をよく表す音楽となっていました。最初の頃、日本の香港ポップス・ファンは「アンソニーはタツ・ラウの楽器ね」と言ったりしていたのですが、その後アンソニー・ウォンも作詞や作曲をこなすようになり、1990年代に入るまでの数年間、一時代を画する足跡を残します。特に、中国返還を見据えての曲作りで話題になり、歌詞に「基本法」という単語を読み込ませたものがあったり、「鄧小平」から始まる歌詞があったりと、聞いている方がおののくような曲を発表していたのでした。その後、タツ・ラウの方は周星馳(チャウ・シンチー)のコメディ映画の常連になったりしてだんだん2人は離れていくのですが、アンソニー・ウォンはゲイであることをカミングアウトしたあと、社会運動にコミットしていったのですね。そんなことも感慨深かった本作でした。

監督は、アメリカ人のドキュメンタリー作家スー・ウィリアムズ(上写真)。上映後のオンラインQ&Aに登場した彼女の話では、彼女自身がデニスの歌のファンのようで、劇中、デニスが歌う広東語曲の歌詞英語訳を出す時にも、普通なら画面下に出すのを工夫し、デニスの顔付近で邪魔にならない場所に出したとのこと。デニスの歌っている表情とかをしっかり見てもらいたかったから、と言っていましたが、見ていて「どうしてこんな字幕の出し方を?」と思ったため、大納得でした。下の画像で、筆記体の英語で出ているのが歌詞の字幕です。

製作費は110万ドル、つまり1億円超ということで、それだけにあらゆる面で完成度の高い作品になっています。一時的にオンライン配信もなされるようですが、ぜひこの作品は日本で公開してほしいです。中国はもちろん、香港でも上映される見込みのない作品とのことなので、その点でも日本での公開は意味があります。配給会社様、ぜひ名乗りを挙げて下さいませ。オンライン配信に関しては、市山ディレクターのこちらのインタビューや、FILMeX公式サイトをチェックしてみて下さい。11月21日からの開始のようです。最後に予告編を付けておきますので、ぜひご覧になって下さい。

Denise Ho: Becoming the Song – Official Trailer

 

2020 FILMeX & TIFF<DAY 9>(下)

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昨日見た映画の続きです。有楽町朝日ホールの『デニス・ホー』@FILMeXから移動して、六本木のTOHOシネマズで「台湾電影ルネッサンス2020」の2本を見ました。有楽町と六本木は、地下鉄日比谷線1本で移動できるので比較的楽ですが、電車に乗るまで&降りてからの歩きも含めると、最低でも40分はかかります。というわけで、お店でゆっくりランチもしていられないことから、今日も自家製サンドイッチが昼ご飯です。中身やパンの種類は数種類用意してあるのですが、そろそろ飽きてきました...。そこで、いつも飲み物を買うコンビニで肉まんに浮気。チキンサンドと一緒に食べて、バナナサンドは残すことにしました。台湾映画を見るんだし、雰囲気が出ていいですよね。六本木ヒルズは野外にたくさんベンチというか座る場所があるのでありがたく、またゴミ箱もちゃんと用意されているので助かります。有楽町側で食べる時は、ゴジラ像の下のベンチで食べて、サンドイッチを包んだラップ等ゴミはお持ち帰りだったのです。さてさて、では肉まんパワーで見た2本をちょっとご紹介します。

『愛で家族に~同性婚への道のり』
2020年/台湾/北京語、英語/90分/原題:同愛一家/英語題:Taiwan Equals Love
 監督:ソフィア・イェン(顏卲璇)
 出演:ウー・シャオチャオ(呉少喬/ジョヴィ)、チウ・ミンジュン(邱明[王匀]/ミンディ)、ワン・ティエンミン(王天明)、ホー・シャン(何祥)、リョン・チンファ(梁展輝/アグー)、ティン・ザーイェン(丁則言/シンチー)
画像はすべて©Portico Media Co., Ltd.

3組の同性カップルを主人公に、台湾で同性婚を認める法律が成立するまでの歩みを捉えたドキュメンタリー映画です。3組のカップルは、幼い娘のいるジョヴィと、その娘をわが子のようにかわいがるミンディという、多分30代の女性のカップル、初老男性のワン・ティエンミンとホー・シャンでのカップル、マカオから台湾に来てジャムの小さなデリバリー店をやっているアグーと、台湾人シンチーの20代男性カップルなのですが、それぞれに問題を抱えています。

ワン(右)とホー(左)はもう30年にわたる仲なのですが、最近ホーに認知症の症状が出てきて、病院に通っています。2人はゲイバーで知り合い、やがて同居し始めたのですが、ホーにはその前に結婚した妻との間に息子もいて、ワンは何とかホーと息子の関係も修復しようとしています。

ジョヴィ(右)とミンディ(左)は、ジョヴィが人工授精で産んだ娘ミャオミャオ(中)をはさんで、本当に仲のいい一家なのですが、自分たちが正式な家族とならない限り娘の将来は暗い、と考えています。そのため、同性婚が法的に認められるよう、ジョヴィはその中心となって活動をしています。

アグーとシンチー(一番上の集合写真左端の2人)は自分たちの作るジャムをネット販売している起業家なのですが、まだ軌道に乗ったとはいえず、苦闘が続いています。また、アグーが外国人だということがひっかかり、たとえ台湾で同性婚が認められたとしても、アグーは外国人としてその恩恵に浴せないのでは、と心配しています。

こういった、年代も性別も異なる3つのカップルを選んで、それぞれの事情を見せていくのですが、その間に同性婚を巡る台湾での反応も紹介していきます。当事者たちと共に同性婚を支持する人も多いのですが、その反対に「結婚は男と女がするものだ」という言葉を投げかけたりする人も多く、同性婚を認める法案はなかなか成立しません。2017年にやっと成立する見通しがつき、実際に成立したのが2019年5月17日で、これで台湾はアジア初の、同性婚を認める国となったのです。その後に行われた、本作の主人公たちの結婚届シーンなどを映して、このソフィア・イェン監督作は終わります。少し綺麗にまとまりすぎの感があるものの、日本の状況なども考えさせられる作品でした。

 

『足を探して』
2020年/台湾/北京語、台湾語/115分/原題:腿/英語題:A Leg
 監督:チャン・ヤオシェン(張耀升)
 出演:グイ・ルンメイ(桂綸鎂)、トニー・ヤン(楊祐寧)
画像は下のポスターを除きすべて©Creamfilm Production

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ギョッとするような邦題ですが、まさに言い得て妙のタイトルです。原題は『腿(レッグ)』だけで、上のポスター(あまりに素敵だったので、ネットからコピペしました)にあるトニー・ヤン扮する男の切り取られた足を探すストーリーとなっています。よくできたブラック・コメディで、今年の金馬映画祭のオープニング作品に選ばれた、というのも納得です。冒頭部分でトニー・ヤンが死んでしまうので、あらら、カメオ出演だったのかしら、と思っていたら、その後随所にフラッシュバックが差し挟まれ、トニー・ヤンもたっぷりと見られますので、ファンの方はご心配なく。

ダンスの名手である妻チェン・ユィイン(錢鈺盈/グイ・ルンメイ)を看板に、ダンス教室を経営するジェン・ズーハン(鄭子漢/トニー・ヤン)はふとしたことから足の傷を悪化させ、病院にかつぎこまれた時には「足を切るしかない」と医者に言われます。泣く泣く右足のふくらはぎの下あたりからを切断したものの、その甲斐もなく、次の日ズーハンは帰らぬ人に。寝台車に遺体を乗せ、家に連れ帰ろうとしたユィインでしたが、気がつくと遺体は足がないままでした。切断された足を持ち帰ってズーハンの遺体に付けてやろうと思ったユィインは、病院に掛け合ったのですが、あちこちたらい回しされた結果、やっと主治医を捕まえたものの、その後2人で出向いた病理検査室でも発見することができません。ユィインが手術前の誓約書に「切断された部位は不要」とチェックを入れたため、どうやら廃棄処分になったようなのです...。

このストーリーが展開する合間合間に、2人が最初に出会った時から、結婚してダンス教室を開くに至った経緯、そこで起きたヤクザがらみの事件やズーハンの浮気等々のフラッシュバックが差し挟まれます。そこに登場する人物たちも、クセのある人が多くて面白く、一瞬たりとも退屈しない作品に仕上がっています。台湾にはこの手のコメディ映画も多いのですが、その中でも上出来の作品です。さらに、脇役にも個性豊かな人が出演していて、院長役には大ベテランの金士傑(ジン・シージェ)、病院内で出会うスタッフで最後にユィインを手助けする青年には劉冠廷(リュウ・クェンティン)~FILMeXの『無聲』の先生役~、病院で騒ぐユィインを逮捕しにやってきた警官には陳以文(チェン・イーウェン)が扮しています。ほかに納豆も出ていたようなのですが、どれかわからず残念でした。

チェン・イーウェン(上写真の腕を組んでいる警官)は、以前は『ジャム』(1998)や『運転手の恋』(2000)の監督として知られた人なのですが、近年はすっかり俳優業に転じたようで、昨年TIFFで上映された『ひとつの太陽』ではいろんな演技賞を獲得していました。『ひとつの太陽』の監督が鍾孟宏(チョン・モンホン)で、彼は『足を探して』ではプロデューサーとなっています。そして、本作の監督チャン・ヤオシェン(張耀升/下写真)は、『ひとつの太陽』の脚本家だったのです。というわけで、本作は小説家であり脚本家としても活躍するチャン・ヤオシェンの監督デビューに際し、チョン・モンホンとチョン・モンホン組の俳優たちが全面協力した作品である、と言えそうです。金馬奨でも何部門かにノミネートされていますので、その結果次第では日本公開もあるかも知れませんね。ご期待下さい。

 

2020 FILMeX & TIFF<DAY 10>

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昨日はお出かけTIFF最終日でした。帰って前日の作品紹介の続きを書こうとしたのですが、途中まで書いて目がとろけ、気がついたら本日の昼頃になっていました。やっと仕上げてアップしたのですが、まだ1日分、昨日のご報告が残っています。というわけで10日目のレポートなんですが、その前に、11月7日(土)のFILMeX最終日に発表された受賞結果を書いておきます。受賞理由は省略しますので、詳しくお知りになりたい方はFILMeX公式サイトをご覧下さい。

【第21回東京フィルメックス コンペティション 受賞結果】

【最優秀作品賞】
『死ぬ間際』In Between Dying
    アゼルバイジャン、メキシコ 、アメリカ / 2020/ 88分
 監督:ヒラル・バイダロフ(Hiral BAYDAROV)

【審査員特別賞】 
『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』The Blue Danube
 日本 / 2020/ 105分
 監督:池田暁(IKEDA Akira)

■観客賞
『七人楽隊』Septet
 香港 / 2020 / 113分
 監督:アン・ホイ、ジョニー・トー、ツイハーク、サモハン、ユエン・ウーピン、リンゴ・ラム、パトリック・タム

■学生審査員賞
『由宇子の天秤』 A Balance
 日本 / 2020 / 152分
 監督:春本雄二郎(HARUMOTO Yujiro)

観客賞が『七人楽隊』というのは、香港映画ファンとしては嬉しいです。今回は観客賞もスクリーンや会場に示されたQRコードからの投票となり、会場に来た人全員が投票できるわけではなかったのですが――というのも、こうしたQRコードの利用は入場チケットもそうであるため、全員が利用できることが前提となっているわけですが、それでも「チケットはパソコンから申し込み、スマホは持っていないのでQRコードを印刷してきた」という人もいたりして、二つ折携帯でもQRコードリーダーは付いていると思うものの、私も含めて敷居が高かったのでした――、コロナ禍の今年は仕方がないやり方ですね。コロナ禍が終息しても、もう紙チケットの世界には戻れないのでしょうか...。

<TIFF>

TIFFの開催は11月9日(月)まででしたが、プレス向け上映は8日(日)で終わり。前にも書いたようにプレス試写は、毎回下のチケット売り場の横に列を作り、体温測定とプレスパスのチェックを経て、スタッフの方に先導されて会場に向かう、という形でした。1日に8作品ほどある試写で毎回こういう作業があるため、TIFFスタッフの方は非常に大変だったと思います。皆さんマスクの上からフェースシールドをして、こんな形で対応してらしたのですが、あまり早くから並ばれてもヒルズの他の客に邪魔になるようで(事実、ポスターの貼ってあるパネルの周りをぐるっと回って列を作るため、ポスターの写真を撮りたい人たちの邪魔になっていました、すみません)、列を作る開始時間の前に並ぶと、「この列はまだなかったことになってるので...」というスタッフのつぶやきが聞こえたりしました。心身共にお疲れになったことと思います。本当にありがとうございました。で、最後に列を作って見たのは、東南アジア5カ国の監督たちによるオムニバス映画『メコン 2030』でした。

『メコン 2030』
2020年/ラオス、カンボジア、ミャンマー、タイ、ベトナム/クメール語、ラオス語、アカ語、タイ語、ベトナム語/93分/原題:Mekong 2030
 監督:ソト・クォーリーカー、アニサイ・ケオラ、サイ・ノー・カン、アノーチャ・スウィチャーゴーンポン、ファム・ゴック・ラン

1.『Soul River』監督:ソト・クォーリーカー(カンボジア)

荒れた森から、地中に埋まった仏像を見つけた水上生活者の男。番人に見つかり、二人で売れるところまで運んでいき、金を分けようと持ちかけられる。妻と暮らす小屋船を引き、番人と共に彼の村に向かうが、買い手となるような相手は大きな街へ行ったという。さらに3人はメコンの下流へと向かう...。

ソト・クォーリーカー

2.『The Che Brother』監督:アニサイ・ケオラ(ラオス)

「チェ」とは「チェ・ゲバラ」の「チェ」だが、病気の母親の血液が感染症の薬となることを巡って、主人公たち3兄弟が争うことが「ブラザー」に掛けられているよう。一番「近未来」を意識した作品で、SFチックで面白いが、メコン川の生かし方が今一歩。

アニサイ・ケオラ

3.『The Forgotten Voices of Mekong 』サイ・ノー・カン(ミャンマー)

アカ族の村の村長に選ばれた男は、村の発展のために尽くそうと思う。しかし彼の考える発展は村に都会のようなビルを建てることで、村に金が落ちると思って許可した採掘場は、そこが原因で子供が感染症にかかるなど、彼の描く発展計画は崩壊していく...。

サイ・ノー・カン

4.『The Line』アノーチャ・スウィチャーゴーンポン(タイ)

(すみません、寝てしまい、ストーリー不明です...)

アノーチャ・スウィチャーゴーンポン

5.『The Unseen River』ファム・ゴック・ラン(ベトナム)

僧院に、24歳の女性と22歳の男性がやってきて、自分たちの結婚と将来を占ってもらおうとする。徳の高い老僧や、同じ年ぐらいの若い僧といろいろ接するうちに、自分たちの運命が、豊かな水量のメコン川に見えてくる思いがするが...。

ファム・ゴック・ラン

1つのテーマのもとに作られたオムニバス映画は、多くの場合アイディア倒れに終わるので、「作ったことに意義がある」なのですが、ここから出発して将来彼らが素晴らしい作品を作ってくれることを祈りましょう。と偉そうな感想を言ってしまいましたが、期待したほどには...の作品でした。メイキング映像がYouTubeにアップされていましたので、貼り付けておきます。

『メコン2030』メイキング|Mekong 2030 - Making|第33回東京国際映画祭 33rd Tokyo International Film Festival

 

本日TIFFこと第33回東京国際映画祭も無事終了、日本映画『私を食いとめて』(監督:大九明子/主演:のん、林遣都)が観客賞に選ばれました。こちらは投票用紙を使っての投票で、今回唯一の賞ということから、観客の思い入れも特別のものがあったのでは、と思います。授賞式でののんと大九監督のスピーチが胸に響くものだったので、下に貼り付けておきますね。

のん主演『私をくいとめて』が東京国際映画祭の観客賞を受賞!林遣都&橋本愛も喜びのメッセージ 第33回東京国際映画祭クロージングセレモニー

 

来年のFILMeXとTIFFはどんな形になるでしょう。また、「マスクの国の映画祭」になったとしても、この2つの映画祭はすでに築いたノウハウで、今後もリアルな映画祭を開催できるはずです。同時開催に関しては再考をお願いしたい(いや、マジで。ダブル開催はハードすぎます)ですが、それまでに私もスマホにもっと慣れておこうと思います(笑)ので、感染予防の精度を上げて、いい作品をたくさん見せていただけることを願っています。FILMeXとTIFFのスタッフ&観客の皆様、お疲れ様でした!!

 

『普通に死ぬ~いのちの自立~』で世界がぐん!と広がる

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30年来の友人梨木かおりさんがプロデューサーとなって作られたドキュメンタリー映画、『普通に死ぬ~いのちの自立~』が公開中です。私が10月30日(金)にFILMeXの合間を縫って見に行ったキネカ大森での上映は、残念ながら終了してしまったのですが、今後も日本全国のあちこちで上映される予定です。このドキュメンタリー映画、見ると自分の世界が広がるような思いがし、登場する人たちと友達になったような感覚が持てる作品で、何度でも見たくなります。まずは、映画のデータからどうぞ。

『普通に死ぬ~いのちの自立~』 公式サイト
2020/日本/長編ドキュメンタリー映画/HD/カラー/119分
 監督・撮影・構成・編集:貞末麻哉子
 プロデューサー:梨木かおり、貞末麻哉子
 録音:中山隆匡
 音楽:木-Kodama-霊
  ナレーター:余貴美子
 製作:motherbird・Cinema Sound Works
 配給:motherbird

※写真はすべてmotherbird提供

本作は、以前同じスタッフによって作られたドキュメンタリー映画『普通に生きる~自立を目指して~』(2011年/83分)の続編として作られました。『普通に生きる』では、静岡県富士市にある重症心身障害児者のための通所施設「でら~と」(2004年開所)を舞台に、2番目の通所施設が作られるまでの5年間を描いた作品でした。その施設建設活動の中心になっていた人たちの1人が小沢映子さん(上写真)で、車イスに乗った長女の元美さんと共に、『普通に生きる』で強く印象に残ったご家族の一つでした。当時から富士市市議会議員だった小沢さんたちが、2009年に2番目の通所施設「らぽ~と」の完成を祝うところで前作は終わり、今回の『普通に死ぬ』は「らぽ~と」開所から8年たった時点から始まります。

この「でら~と」と「らぽ~と」を利用している人とその家族が今回の中心になるのですが、その中には前作にも登場した小澤夫妻(上写真)もいました。お子さんの小澤裕史さん、美和さんという兄妹のどちらもが重度の障害者なのですが、美和さんが明るくて、一家のムードメーカーという感じでした。ところが、美和さんは23歳という若さで、心筋梗塞のため亡くなってしまいます。本作を見る前には、親御さんたちが亡くなるケースを想像していたので、美和さんの逝去にはびっくりしてしまったのですが、亡くなっても小澤夫妻の身近に美和さんがいるような雰囲気がある中で、小澤さんはこれまで挑戦できなかったことに挑戦していきます。

そして2012年4月、「でら~と」「らぽ~と」から、また形態が異なる施設「Good Son(ぐっさん)」が誕生します。こちらはグループホームで、何人かの障害者が共同生活を送る場所として作られたのです。この「ぐっさん」誕生は個人の力によるところが大きく、「でら~と」の副所長で看護師長も兼任していた坂口えみ子さん(上写真中)が、元は食べ物屋さんだった建物を買い取って2階は自宅とし、1階をグループホームにできるよう、大改造したのでした。「ぐっさん」は「さかぐちさん」がなまったニックネームで、ここでは5人の人が生活できました。入居者の1人となったのが、前述の小澤裕史さんでした。

一方「でら~と」では、メンバーの1人向島育雄さん(上写真右)の母親(同左)にがんが見つかり、治療に専念しないといけなくなったのです。育雄さんには兄が2人いるのですが、今は別の場所に住んでおり、同居の母親が家での面倒を見ていたのでした。こうして、変則的な生活を強いられることになった育雄さんは、その影響が出て、普段の魅力的なイケメンスマイル(下写真)も出なくなってしまいます...。

そして、「でら~と」「らぽ~と」に続く3番目の施設も建設が決まっていたのですが、地域住民の反対があって着工がストップしていました。やっと工事が始まった時、沖茉里子さん(下写真)のお母さんが、やはりがんで急逝してしまいます。ずっと熱心に建設運動に取り組んでいて、「あそ~と」と名付けられる予定の施設の、翌年開所が決まった矢先でした。その後、紆余曲折があり、茉里子さんの姉も一人暮らしをしていた名古屋から自宅に戻って、施設の人々といろいろ協議を重ねていきますが、茉里子さんの生活はなかなか安定しません...。

と、次々と登場人物をご紹介してきましたが、それぞれの物語に重みがあり、引き込まれてしまいます。さらにこの後、本作の貞末監督らは、坂口えみ子さんを関西への旅に誘い、兵庫県伊丹市で有限会社「しぇあーど」を運営する李国本修慈さん(下写真)と、西宮市社会福祉協議会「青葉園」の元園長清水昭彦さんらに引き合わせます。

そこにはまた違った見方、違った捉え方で取り組んでいる人たちがいて、多くの重度障害者が普通に地域の中で毎日の生活を送っていました。「青葉園」の元園長清水さん(下写真)は、その1人である沖田典子さんと学生時代に出会い、大きな衝撃を受けてこの世界に飛び込むことになります。素晴らしい本を読んだ時のような、あるいは優れた映画を見た時のような表情で、目をキラキラさせたおっちゃんが語るその出会いの話は、こちらの心もグッと掴んでしまいます。

本当にたくさんの人が登場する映画で、それぞれの人が持つ物語が、こちらを豊かにしてくれる作品です。もちろん、我々が普段接することの少ない重度障害を持つ人たちに関する知識も与えてくれる(胃ろうの実態とか)のですが、それ以上に、いい人たちに出会えて世界がぐーんと広がっていく感覚が味わえて、見終わったあと多幸感すら感じさせられます。惜しむらくはあまりにもたくさんのエピソードが盛り込まれていることで、それで上映時間も長くなっています。もう少し整理されてもよかったのでは、とも思いますが、観客としては、たくさんの人に出会えてラッキーでした。

見ているうちに、もちろんいろんな方が亡くなるシーンも出てくるのですが、『普通に死ぬ』ではなくて、『普通に生きる<2>』とかでもよかったのでは、という思いがしました。これに関しては貞末監督(上写真)が、パンフレットでこのように語っています。「『死』は決して忌み嫌うべきものではなく、むしろ正面から描いてこそはじめて『生』の意味と向き合えるのではないか。この作品に登場する人々の優しく強いちからを借りて、そう主張する本作の使命に正直に、タイトルは『普通に死ぬ』に決める勇気を得ました」タイトルがふさわしいか否か、ぜひご覧になって決めて下さい。予告編を付けておきます。

「普通に死ぬ~いのちの自立~」予告編(Newダイジェスト版)

 

本作は自主上映もできます。こんな時なので、たくさんの人が集まるのは難しいとは思いますが、ぜひこちらをもとに企画してみて下さい。難点は、見終わった後いろいろな感想を人といっぱい話したくなる点で、マスクをして、ソーシャルディスタンスをしっかり取って、思い切り感動を話し合いましょう。きっと、元気が出ると思いますよ。

 

<インディアンムービーウィーク2020リターンズ>

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SPACEBOXさんから、お知らせをいただきました。<インディアンムービーウィーク2020>で上映された作品のいくつかが、新たに上映される作品や、以前上映された作品と共に帰ってきます。見逃した作品、もう一度見たい作品をこの機会に是非どうぞ。情報が非常に長くなるので、ストーリー等はIMW公式サイト及び下の作品情報サイトをご参照下さい。

<インディアンムービーウィーク2020リターンズ> 作品情報

【全劇場共通(10作品)】
『ジガルタンダ』
 2014年/タミル語/171分/原題:Jigarthanda~日本初上映
 監督:カールティク・スッバラージ
 出演:シッダールト、ボビー・シンハー、カルナーカラン、ナーサル
 特別出演:ヴィジャイ・セードゥパティ

『ジッラ(仮題)』
 2014年/タミル語/176分/原題:Jilla~日本初上映
 監督:R.T.ネーサン
 出演:モーハンラール、ヴィジャイ、カージャル・アグルワール

『無職の大卒』
 2014 年/ タミル語/133分/原題:VelaiillaPattadhari
 監督:ヴェールラージ
 出演:ダヌシュ、サムドラカニ、アマラ・ポール

『僕の名はパリエルム・ペルマール』
 2018 年/ タミル語/153分/原題:Pariyerum Perumal
 監督:マーリ・セルヴァラージ
 出演:カディル、アーナンディ、ヨーギ・バーブ

『ジャパン・ロボット』
 2019 年/ マラヤーラム語/138分/原題:Android Kunjappan Version 5.25
 監督:ラティーシュ・バーラクリシュナン・ポドゥヴァール
 出演:サウビン・シャーヒル、スラージ・ヴェニャーラムード

『お気楽探偵アトレヤ』
 2019 年/ テルグ語/146分/原題:Agent Sai Srinivasa Athreya
 監督:スワループ R. S. J.
 出演:ナヴィーン・ポリシェッティ、シュルティ・シャルマー

『ストゥリー 女に呪われた町』
 2018 年/ ヒンディー語/128分/原題:Stree
 監督:アマル・カウシュク
 出演:ラージクマール・ラーオ、シュラッダー・カプール、アパルシャクティ・クラーナー、パンカジ・トリパーティー

『キケンな誘拐』
  2013年/タミル語/133分/原題:Soodhu Kavvum
 監督:ナラン・クマラサーミ
 出演:ヴィジャイ・セードゥパティ、アショーク・セルヴァン、ラメーシュ・ティラク、ボビー・シンハー、カルナーカラン、サンチター・シェッティ

『サルカール 1票の革命』
 2018年/タミル語/164分/原題:Sarkar
 監督:A.R.ムルガダース
 出演:ヴィジャイ、キールティ・スレーシュ、ヴァララクシュミ・サラトクマール、ラーダー・ラヴィ

『'96』
 2018年/タミル語/158分/原題:'96
 監督:C.プレームクマール
 出演:ヴィジャイ・セードゥパティ、トリシャー・クリシュナン、アーディティヤ・バースカル、ジャナガラージ

 

【キネカ大森でのみ上映(5作品)】
『伝説の女優 サーヴィトリ』
 2018 年/ タミル語/167分/原題:NadigaiyarThilagam
 監督:ナーグ・アシュウィン
 出演:キールティ・スレーシュ、ドゥルカル・サルマーン、サマンタ・アッキネーニ

『浄め』
 2017 年/ カンナダ語/116分/原題:Shuddh
 監督:アーダルシュ. H. イーシュワラッパ
 出演:ニウェーディタ、ローレン・スパルターノ

『人生は二度とない』
 2011年/ヒンディー語/155分/原題:Zindagi Na Milegi Dobara
 監督:ゾーヤー・アクタル
 出演:リティク・ローシャン、アバイ・デーオール、ファルハーン・アクタル、カトリーナ・カイフ、カルキ・ケクラン、ナスィールッディーン・シャー
※2011年ラテンビート映画祭上映時のタイトルは『人生は一度だけ』

『ラーンジャナー』
 2013年/ヒンディー語/139分/原題:Raanjhanaa
 監督:アーナンド・N・ラーイ
 出演:ダヌシュ、ソーナム・カプール、スワラー・バースカル

『ムンナー・マイケル』
 2017年/ヒンディー語/140分/原題:Munna Michael
 監督:サビール・カーン
 出演:タイガー・シュロフ、ナワーズッディーン・シッディーキー、ニディ・アグルワール、ローニト・ローイ

 

【新宿ピカデリーほか松竹系劇場およびミッドランドスクエアシネマにて上映(1作品)】
『ベルボトム』
 2019年カンナダ語/128分/原題:Bell Bottom
 監督:ジャヤティールタ
 出演:リシャブ・シェッティ、ハリプリヤー、アチユト・クマール、ヨーガラージ・バット

 

【上映劇場&開催期間】
[15 作品を上映]
 東京:キネカ大森 2020 年 12 月 11 日(金)~2021 年 1 月 7 日(木)
[11 作品を上映/ 2 週間開催]
 東京:新宿ピカデリー 2020 年 12 月 11 日(金)~12 月 24 日(木)
 東京:MOVIX 昭島 2020 年 12 月 11 日(金)~12 月 24 日(木)
 埼玉:MOVIX 三郷 2020 年 12 月 11 日(金)~12 月 24 日(木)
 京都:MOVIX 京都 2020 年 12 月 11 日(金)~12 月 24 日(木)
 大阪:MOVIX 堺 2020 年 12 月 11 日(金)~12 月 24 日(木)
 兵庫:MOVIX あまがさき 2020 年 12 月 11 日(金)~12 月 24 日(木)
[11 作品を上映/ 3 週間開催]
 愛知:ミッドランドスクエア シネマ 2020 年 12 月 11 日(金)~12 月 31 日(木)
 大阪:なんばパークスシネマ 2020 年 12 月 11 日(金)~12 月 31 日(木)
 兵庫:神戸国際松竹 2020 年 12 月 11 日(金)~12 月 31 日(木)

【料金】
1,800 円(税込)均一
※特別興行のため、各種割引、招待券、株主優待券はご利用になれません。
※前売券の販売はありません。
※チケット販売スケジュールは、各劇場の Web サイトにてご確認ください。

【主催】SPACEBOX

 


ベンガル語映画の名優ショウミットロ・チャテルジー逝去

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サタジット・レイ監督作『大樹のうた』(1959)などに主演して、日本でも知られているベンガル語映画の男優ショウミットロ・チャテルジーが亡くなりました。1935年1月19日生まれで、亡くなったのが11月15日ですから、享年85でした。新型コロナウィルスに感染して入院し、約40日間闘病を続けたのですが、高齢のためか回復しなかったようで残念です。インドの映画祭などで2、3度会ったことがありますが、いつもにこやかで、教養を感じさせる素敵な俳優さんでした。(下の写真はWikiより)

Soumitra Chatterjee - Kolkata 2011-05-09 2856.JPG

『大樹のうた』のほか、日本で公開されたサタジット・レイ監督作品では『チャルラータ』(1964)、『遠い雷鳴』(1974)、『家と世界』(1984)などでお馴染みですが、ほかにもベンガル語映画を中心に、約300本の作品に出演しています。その中の1本に、短編映画『Ahalya(アハリヤー)』(2015)があり、YouTubeで見られますので、ここに貼り付けておきます。監督は『女神は二度微笑む』(2012)のスジョイ・ゴーシュで、共演はこの頃ぐんぐん頭角を現してきてた女優ラーディカー・アープテーと、ベンガル語映画及び最近はヒンディー語映画にも出ている男優トーター・ロイ・チョウドリーです。アハリヤーはヒンドゥー神話に登場する聖者ゴウタマの妻で、夫の呪いによって石にされたと言われている美女です。それを下敷きにしての、スジョイ・ゴーシュの怪奇物語と言えそうですが、重鎮のショウミットロ・チャテルジーが夫役を演じているので、短編とは言え見応えがあります。彼を偲んで、ぜひご覧下さい。

Ahalya | Sujoy Ghosh | Royal Stag Barrel Select Large Short Films

 

本作は短編映画では、『Bypass(バイパス)』(2003)と共に私のベストツーです。数多くの名作ベンガル語映画を生み出してくれた、ショウミットロ・チャテルジーのご冥福を祈ります。

 

第21回東京フィルメックス上映作品が11月21日(土)より配信開始!

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7日(土)に終了した第21回東京フィルメックスですが、本日、作品配信に関する詳細が送られてきました。いただいたリリースをほぼそのまま貼り付けます。

            

10月30日から11月7日にかけて開催された第21回東京フィルメックスの上映作品の中から12作品をオンライン配信いたします!
本年度もアジアを中心とした素晴らしい作品を取り揃えましたので、是非ご期待ください!なお、上映スケジュール、チケット販売方法は近日、公式サイトにて発表致します。

実施期間:11月21日(土)から11月30日(月)まで
料金:1作品1,500円均一
決済方法:クレジットカードのみ
視聴方法・諸注意:
・作品の購入後から48時間以内再生可能。再送開始時点から更に72時間以内に視聴可能時間が終了になります。
・配信は特設サイトよりご覧頂けます(11月21日よりアクセス可能)。詳細は映画祭HP からご確認下さい。
・日本国内からの視聴可能となります。海外からのご利用はできません。
・各作品には視聴可能者数制限があり、視聴可能者数は作品ごとに異なります。
・対象作品は11月16日(月)現在での予定です。急な変更の可能性がありますので、予めご了承下さい。
 
 ■オンライン上映対象作品
『風が吹けば』
 フランス・アルメニア・ベルギー / 2020 / 100分 / 原題:Should The Wind Drop
 監督:ノラ・マルティロシャン(Nora MARTIROSYAN)
アルメニアとの国境に隣接し、アゼルバイジャンからの独立を主張するナゴルノカラバフ地区。戦争で破壊され、停戦後に再建された空港を調査するために来訪したフランス人技師が見たものは……。「カンヌ2020」に選出されたノラ・マルティロシャンの監督デビュー作。


『死ぬ間際』
 アゼルバイジャン・メキシコ・アメリカ / 2020 / 88分 / 原題: In Between Dying
 監督:ヒラル・バイダロフ(Hilal Baydarov)
タル・ベーラの薫陶を受けたアゼルバイジャンの新鋭ヒラル・バイダロフの長編劇映画第2作。行く先々で死の影に追われる主人公の一日の旅を荒涼たる中央アジアの風景を背景に描き、見る者に様々な謎を投げかける。ヴェネチア映画祭コンペティションで上映。
※フィルメックスコンペ部門最優秀作品賞受賞


『迂闊(うかつ)な犯罪』
 イラン / 2020 / 139分 / 原題:Jenayat-e Bi Deghat جنایت بی دقت / 英語題: Careless Crime
 監督:シャーラム・モクリ(Shahram MOKRI)
1979年イスラム革命前夜、西欧文化を否定する暴徒によって多くの映画館が焼き討ちにされた。それから40年後、4人の男たちが映画館の焼き討ちを計画する……。奇抜な発想を知的な構成で映画化したモクリの監督第4作。ヴェネチア映画祭オリゾンティ部門で上映。


『イエローキャット』
 カザフスタン・フランス / 2020 / 90分 / 原題: Yellow Cat
 監督:アディルハン・イェルジャノフ(Adilkhan YELZHANOV)
カザフスタンの草原地帯を舞台に、裏社会から足を洗って映画館を開こうとする前科者の主人公の苦闘をコメディ・タッチで描いた作品。その多くが国際映画祭に選ばれている俊英アディルハン・イェルジャノフの最新作。ヴェネチア映画祭オリゾンティ部門で上映。


『アスワン』
 フィリピン / 2019 / 85分 / 原題: Aswang
 監督:アリックス・アイン・アルンパク(Alyx Ayn ARUMPAC)
麻薬患者や売人をその場で射殺する権利を警察に与えたフィリピンのドュテルテ政権。その政策の下で苦闘する人々を追ったドキュメンタリー。題名はフィリピンの民間伝承に登場する妖怪の名からとられた。アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭で上映。
※すさまじいフィリピンの現実。ブリランテ・メンドーサ作品真っ青のドキュメンタリー。オススメです。


『無聲(むせい)』 
 台湾 / 2020 / 104分 / 原題:無聲 / 英語題:The Silent Forest
 監督:コー・チェンニエン(KO Chen-Nien/柯貞年)
聾唖学校に転校してきた少年がスクールバスである“ゲーム”を目撃する。それは彼がその後目にする残酷な現実の序章に過ぎなかった……。台湾で実際に起こった事件を元にしたコー・チェンニエンの監督デビュー作。台北映画祭でオープニング作品として上映された。


『デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング』 
 アメリカ / 2020 / 83分 / 原題:Denise Ho: Becoming the Song
 監督:スー・ウィリアムズ(Sue WILLIAMS)
ジョニー・トーの『奪命金』に主演するなど俳優としても活躍する香港の歌手デニス・ホー(何韻詩)を追ったドキュメンタリー。パワフルな数々のコンサート映像に加え、同性愛者であることのカミングアウト、雨傘運動に対する支援など、ホーの様々な側面がとらえられている。
※デニス・ホーの強靱さに打たれる秀作。彼女の政治活動の同志として「達明一派」のアンソニー・ウォン(黄耀明)が登場、またアニタ・ムイ(梅艶芳)の懐かしい映像も。香港映画好きは必見。


『日子』
 台湾 / 2020 / 127分 / 原題:日子 / 英語題:Days
 監督:ツァイ・ミンリャン(TSAI Ming Liang/蔡明亮)
郊外の瀟洒な住宅に暮らすカンは首の痛みをいやすために街に出てマッサージ師を呼ぶ。やがて一人の移民労働者がカンが宿泊するホテルを訪れる……。対照的な境遇の二人の男の出会いを描いたツァイ・ミンリャンの最新作。ベルリン映画祭でテディ審査員賞を受賞。


『海が青くなるまで泳ぐ』 
  中国 / 2020 / 111分 / 原題:一直游到海水変藍 / 英語題:Swimming Out Till The Sea Turns Blue
 監督:ジャ・ジャンクー(JIA Zhang-ke/賈樟柯)
文学者たちへのインタビューを通して近代中国のこの70年の変遷を描いたドキュメンタリー。映画「活きる」の原作者として知られるユェ・ホァら世代の異なる4人の作家たちが自己の体験や中国の社会、文化に対するそれぞれの見解を語る。ベルリン映画祭で上映。
※ユェ・ホァ(余華)のお話が抜群に面白い。オススメです。


『平静』 
 中国 / 2020 / 89分 / 原題:平静 / 英語題:The Calming
 監督:ソン・ファン(SONG Fang/宋方)
『記憶が私を見る』で高い評価を受けたソン・ファンの監督第2作。東京から越後湯沢、香港へと旅するアーティストを主人公に、友人や家族との会話の中で自己の“平静”を取り戻してゆく女性を描く。渡辺真紀子が出演。ベルリン映画祭で国際アートシネマ連盟賞を受賞。


『消えゆくものたちの年代記』
 パレスチナ / 1996 / 84分 / 原題: Chronicle of a Disappearance
 監督:エリア・スレイマン( Elia SULEIMAN )
ヴェネチア映画祭で最優秀新人監督賞を受賞し、スレイマンの国際的評価のきっかけとなった記念すべき長編デビュー作。普通の人々の何気ない日常生活を点描的に描きつつ、政治や社会を鋭く風刺するその後のスレイマン作品のスタイルが既に確立されている。


『D.I』
 フランス、パレスチナ / 2002 / 92分 / 原題:Divine Intervention
 監督:エリア・スレイマン( Elia SULEIMAN )
イスラエル領とパレスチナ自治区とに分断されたパレスチナ人カップルを主人公として中東問題を膨大なギャグとユーモアを交えて描き、カンヌ映画祭で審査員賞と国際批評家連盟賞をダブル受賞したスレイマンの代表作。原題は「神の手」という意味であるという。


  

            

公式サイトには、「『マイルストーン』は作品権利者側の都合により、配信はキャンセルとなりました」というお断りも。インド映画をご覧になりたかった皆様、残念ですね。私も久々のフィルメックスでの字幕翻訳担当作品だったので、見ていただきたかったのですが、残念です。1本1,500円なので(シニア割引があればなあ...)、見逃した作品全部を見るわけにもいかず、目下厳選中。見ていただきたい作品には、※印で推薦の言葉を書いておきましたので、ご参照いただければ幸いです。アジア映画好きの皆様、フィルメックス応援のためにも、ぜひ1、2本ご覧になって下さいませ~。

 

『WAR ウォー!!』の円盤来ました&DVD化作品・配信作品のことなど

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映画祭のレポートを書いたりとか、インド映画講座の新しいシリーズが始まって、その非常にしんどいレジュメを作ったりとか、いろんな仕事が続いてちょっと疲れ気味です。特に昨日初めて話をした「インド映画のエレメンツ<第1回>音楽の魅力」のレジュメは、1950年代から10年ごとと2000年代に関して、人気作曲家と人気歌手(プレイバックシンガー)を複数取り上げて紹介する、という内容なので、文字資料をまとめるのも大変なら、顔画像を探して一番特徴が表れているものを貼り付けるのも大変で、数日間かかってしまいました(目がしょぼついて、A.R.ラフマーンの生年を見間違えてしまいました。ご指摘下さった方、ありがとうございました)。でも、その人たちを全員知っていて、やっとインドのフツーの人のレベルですからね。インド人の映画好き、映画音楽好きは本当に筋金入りです。下は、スペースの関係で載せられなかった2人の歌手(他にもたくさん載せられなかった人がいまして...)ですが、この人たちの名前はおわかりでしょうか? 女性歌手の方は映画賞の授賞式にもよく出ていたりするので、名前がわかる人がいらっしゃるかも知れませんね。インド人に聞いたら「すぐわかったやん、そんなもん」なので、インド人のお友達がいたら聞いてみて下さい。

 

Photo by R.T. Chawla   Photo By Pradeep Bandekar

それやこれやで、少し前に届いていた『WAR ウォー!!』のDVD&Blu-rayのチェックも、今日やっとすることができました。画面で見た時の興奮を思い出しますね~♥。

嬉しいのは、今回は特典映像が充実していることで、まずメイキング映像が3本、日本語字幕付きで入っているのがとてもありがたいです。こちらでご紹介した私の大好きなメイキング画像も含まれていて、字幕付きで見るととてもよくわかります。それから、公開直前に届いた、リティク・ローシャンとタイガー・シュロフのコメントも収録されています。結構長いリティクのコメントに、達者な日本語が入っているタイガーのコメントと、この両方を永久保存できるのも嬉しいですね。

© Yash Raj Films Pvt. Ltd.

あとは劇中歌2曲「Jai Jai Shiv Shankar」と「Ghungroo」(上写真)、さらにインド版予告編が入っているのですが、歌は字幕がついていないと思ったら、劇中使用版とはちょっと違うんですね。YouTubeアップ版というか、まずはご覧になってみて下さい。というわけで、特典映像は大満足です。惜しむらくはポスカが付いていなかったことで、フォトジェニックなリティクとタイガーのポスカがほしかったです...。

キケンな誘拐 [DVD]

インド映画のDVDはあと、『キケンな誘拐』(タミル語/2013/主演:ヴィジャイ・セードゥパティ)が12月2日の発売となります。以前にも書いたのですが、2015年出版の「インド映画完全ガイド」(世界文化社)に入っている深尾淳一「タミル語映画のいま」の中で、「TVの映画監督発掘番組『未来の監督』の初代優勝者で、『Soodhu  Kavvum(悪事我が身に返る)』(13)が高い評価を受けたナラン・クマラサーミ」と言及されている『Soodhu Kavvum』こそが、この『キケンな誘拐』なのです。というわけで実に楽しみです。12月11日からの<インディアンムービーウィーク2020リターンズ>でも上映されるのですが、DVDの到着の方が早いので見てしまいます!

Ludo film poster.jpg

最後に配信の話題もちょっと。目下インドで話題になっているのが、『バルフィ!人生に唄えば』(2012)のアヌラーグ・バス監督がNetflixのために作った映画『Ludo(ルド)』です。「ルド」というのはインド発祥のサイコロゲーム「パチーシー(Pachisi)」がイギリスに持ち込まれ、そこから世界中に広まったもので、日本での紹介サイトを見ていただくと遊び方などがわかります。4色4組のプレーヤーが遊ぶのですが、映画の配役はなかなか豪華です。まず、ホテルでのベッドインを録画されてしまい、ネットに流されたアーカーシュ(アーディティヤ・ロイ・カプール)とシュルティ(サニャ・マルホートラー)のカップル。シュルティはお金持ちの御曹司との結婚が決まっており、その前にちょい火遊び、と思ってアーカーシュと寝たため、この動画がバレると大変! 次の一組は、田舎芝居の女形で食堂を経営するアルー(ラージクマール・ラーオ)と、彼の初恋の人ピンキー(ファティマ・サナー・シェイク)。ピンキーはすでに別の男と結婚し、赤ん坊も生まれているのですが、アルーは未練たらたらで、ピンキーの夫が窮地に陥っているとわかると、何とか彼女とその夫を助けようとします。三組目はスーパーの若い店員ラーフル(ローヒト・スレーシュ・サラーフ)とケーララ州出身の看護師(パーリー・マーネー)。ひょんなことからギャングのボス(パンカジ・トリパーティー)と遭遇し、あれこれあった末に見ず知らずの二人がボスの大金を手に入れることになってしまいます。そして最後が、刑務所から出たばかりのビットゥー(アビシェーク・バッチャン)と、元妻のアーシャー(アーシャー・ネーギー)。ビットゥーが溺愛していた娘ルーヒーもいたのですが、アーシャーは彼の6年間の服役中に離婚し、再婚してしまいます。出所後ルーヒーに会いたいビットゥーはアーシャーの所に行きますが、彼女の夫が借金のかたにギャングのボスに連れ去られて大騒ぎに...。実は最初の二組もボスと繋がりを持ち、こうしてボスが狂言回しのようになって、この四組がドタバタを繰り広げる、という次第です。下の予告編から、そのドタバタぶりがおわかりいただけると思います。

Ludo Official Trailer | Abhishek A Bachchan, Aditya Roy Kapur, Rajkummar Rao, Pankaj Tripathi

でもさすがアヌラーグ・バスだけあって、うまく舞台は回っていき、予測不可能ないろんな事件が起きてあきさせません。また、狂言回し役のパンカジ・トリパーティーが相変わらず達者で、どのお話も混乱しないで楽しめます。しかしながら、あまりにも全部のお話が軽くて、見終わったあとの満足感がいまいち、いまに、いまさんぐらいです。ネトフリで作る作品は、監督自身も意気込みが違うのか、胸にずん!と来る作品がありませんねー。それに、ネトフリ作品にはお約束のようにベッドシーンが出てくるので、ネトフリ・コードというか、「ベッドシーンは必ず入れて下さいね。でないと、視聴者は満足しませんから」というようなお達しがあるのでは、と勘ぐりたくなってしまいます。でもまあ、後味もいですし、オススメです。

A Suitable Boy Poster

今日からはミーラー・ナーイル監督の連続ドラマ『理想の花婿(A Suitable Boy)』を見始めたのですが、独立直後にその服装はありえない! というサリーの着方が出てきて、あきれました。せっかくヒロイン役の女優(ターニャー・マーニクタラーという人らしい)が古典的な美少女なのに...と、思っていたら、このヒロインもトンデモなことをしてくれるし、イーシャーン・カッタルはタッブーとベッドインするし、やはりネトフリ・コードがあるのでは、と疑いたくなってしまいます。この先見続けるかどうか、迷っている最中です....。

 

「インド大映画祭 IDE リベンジ上映」のプレスリリースをいただきました

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すでに始まっているのですが、読者の方からコメントでお知らせをいただいた「インド大映画祭 IDE リベンジ上映」の情報です。ご案内いただいたURLで主催者のインド大映画祭実行委員会の連絡先を見つけ、メールを送ったところ、昨日プレスリリースを送ってきて下さいました。一部、このブログでいつも使っている作品紹介スタイルに変えたりしましたが、ほぼそのままを下に貼り付けます。その前に、東京会場、京都会場共に11月20日(金)からすでに始まっていますので、両会場のチラシを貼り付けておきます。連休は過ぎてしまいましたが、東京会場のUPLINK渋谷では12月10日(木)まで、京都会場のUPLINK京都では12月3日(木)まで上映が続きますので、ぜひお運び下さい。

            

「インド大映画祭 IDE リベンジ上映」

 

 

①『ヴィクラムとヴェーダー』 
  2017年/タミル映画/原題:Vikram Vedha
  監督:プシュカル-ガーヤトリ 
  主演:ヴィジャイ・セードゥパティ、R・マーダヴァン

容疑者の逮捕より撲滅に血道を上げているヴィクラム(R・マーダヴァン)は有能な刑事。彼の標的ヴェーダー(ヴィジャイ・セードゥパティ)の自首により、数々の謎が浮かび上がる。善と悪とは? 善と悪の境界線とは? 主演男優は『きっとうまくいく』のR・マーダヴァン。

「ヴィクラムとヴェーダー Vkram Vedha」インド大映画祭 IDE2019上映作品                       

②『百発百中』
  2004年/タミル映画/原題:Ghilli
  監督:ダラニ 
  主演:ヴィジャイ、プラカーシュ・ラージ

ヴェール(ヴィジャイ)はカバディで全国制覇を目指すが、政治家の息子ムットゥパンディ(プラカーシュ・ラージ)に連れ去られる寸前のダナラクシュミ(トリシャー)を救った事により、2人して追われる身になった。痛快な娯楽作!

Vijay Ghilli Official Trailer ,Trisha,Prakash Raj Dharani JVP                       

③『24』 
  2016年/タミル映画/原題:24  
  監督:ヴィクラム・クマール 
  主演:スーリヤ、ニティヤー・メーナン  

技師時計技師セードゥラーマンの大発明を双子の弟アートレーヤが奪おうとし、妻が殺された。彼は息子マニと共に逃げ、26年が過ぎた。成人したマニが見つけたのはタイムマシンと呼ぶべき腕時計だった。セードゥラーマン・アートレーヤ・マニ3役をスーリヤが演じる。

24 Official Trailer - Tamil | Suriya | Samantha | AR Rahman | 2D Entertainment | Vikram K Kumar

 

④『バーガマティ』 
  2018年/テルグ映画/原題:Baagamathi
  監督:G. アショーク
  主演:アヌシュカ・シェッティ  

イースワル大臣の秘書だったチャンチャラ(アヌシュカ・シェッティ)は婚約者である社会運動家殺害の廉で拘置所に収監されていた。中央捜査局はイースワル大臣を失脚させる為に彼女をうち捨てられた館へ移送する。かつてこの館は女王バーガマティの住居だった。彼女が体験したものとは? 主演は『バーフバリ 伝説誕生』『バーフバリ 王の凱旋』『Lingaa リンガー』のアヌシュカ・シェッティ。                        

Bhaagamathie Telugu Trailer | Anushka Shetty | Unni Mukundan | Thaman S | #BhaagamathieTrailer

 

⑤『リンガー』
  2014年/タミル映画/原題:Lingaa 
  監督:K・S・ラヴィクマール 
  主演:ラジニカーント、アヌシュカ・シェッティ、ソーナークシー・シンハ  

ソーライユール村長と孫娘ラクシュミーは故人となった藩王の血縁を探す途中で、こそ泥リンガーと知り合った。故藩王とこそ泥リンガーの関係は? 笑いあり涙あり、豪華なダンス・歌満載の娯楽作品。興奮度1000%! マサラ度1000%! 主演は『ムトゥ 踊るマハラジャ』『ロボット』のラジニカーント。共演は、北インドから『ダバング 大胆不敵』のソーナークシー・シンハーと南インドから『バーフバリ 伝説誕生』『バーフバリ 王の凱旋』『バーガマティ -Baagamathi』のアヌシュカ・シェッティのダブルヒロイン。 

「Lingaaリンガー」予告編 インド大映画祭 IDE2019

 

⑥『眠り』 
  2012年/マラヤーラム映画/原題:Nidra
  監督: シッダールト・バラタン  
  主演:シッダールト・バラタン  

資産家の次男ラージュは宇宙科学者を目指していたが、念願の海外留学は実を結ばぬまま帰国した。子供時代から好きだったアシュワティと結婚し、新生活を始めたところ、不運の連鎖が彼と新妻を襲う。新妻が決断した驚愕の行動とは? 美しい自然とカメラワークが印象的な良作。

Nidra Trailer HD



⑦『セードゥ』
  1999年/タミル映画/原題:Sethu
  監督:バーラー 
  主演:ヴィクラム、アビタ   

熱血漢で、事あるごとに腕力を振るう不良大学生チヤーンは寺院の娘に恋をしたが、自分の恋心を持てあまし、極端な行動に出てしまう。彼の気持ちが彼女に通じ始めた矢先に思いもよらぬ悲劇が彼を襲う....。公開当時の問題作かつヒット作。『神さまがくれた娘』『マッスル 踊る稲妻』のヴィクラムと、『Pithamagan』『Paradesi』のバーラー監督の出世作。各映画賞受賞。 

「セードゥ-Sethu 」予告編 インド大映画祭 IDE2019

            

ご覧のように、以前日本の映画祭で上映された作品(『ヴィクラムとヴェーダー』『24』)も含まれているのですが、メールでうかがったところ、字幕は新しく作り直されたものとのこと。個別予告編の中にも日本語字幕が付いたものが何本かありますし、大変な手間ヒマがかかった映画祭ですね。私も未見の作品があるので、見に行こうと思っています。ご覧になった方は、またご感想などお寄せ下さい。

 

『ミッション・マンガル』Mission 1:この映画の見どころを知る!

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やっと『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打ち上げ計画』の画像を手に入れました。さあ、張り切って、打ち上げまでの秒読みを開始するぞ、というところです。まずは映画のデータと映画の背景&あらすじからどうぞ。

『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打ち上げ計画』  公式サイト
 2019年/インド/ヒンディー語/130分/原題:Mission Mangal/字幕:井出裕子
 監督:ジャガン・シャクティ
 出演:アクシャイ・クマール、ヴィディヤ・バラン(ヴィディヤー・バーラン)、タープスィー・パンヌー、ソーナークシー・シンハー、クリティ・クルハーリー(キールティ・クルハーリー)、シャルマン・ジョシ(ジョーシー)
  配給:アット エンタテインメント
※1月8日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー

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LIMITED AND CAPE OF GOOD FILMS LLP, ALL RIGHTS RESERVED.

インドがアメリカやロシアと並んで宇宙開発に熱心であり、実績も積んでいることを知る人は少ないかも知れません。ですが、1960年代から開発に着手し、今や自力でロケットも人工衛星も製造できるという「宇宙大国」の一つであり、すでに月と火星に向けて探査ロケットを飛ばしているのがインドなのです。何せインドは、理科系頭脳の優秀さと多さを誇る国。それに加えて、宇宙開発の様々なアイテムは軍事転用もできるとあって、軍事力増強に熱心なインドとしては早くから取り組んでいたわけです。詳しくお知りになりたい方は、日本版Wikiのこちらのページ「インドの宇宙開発」をざっと読んでみて下さいね。まだ有人飛行ロケットを飛ばすまでには至っていませんが、宇宙飛行士はすでに存在していて、1984年に当時のソ連の宇宙船ソユーズに乗って打ち上げられ、宇宙に11日間滞在したラーケーシュ・シャルマーがインド人宇宙飛行士第1号です。2、3年前には彼の伝記映画製作が発表され、シャー・ルク・カーンがこの宇宙飛行士を演じる、というので結構話題になった時期がありました。本作『ミッション・マンガル』もその頃に着想されたのでは、と思われますが、2018年夏にはタミル語のSF映画『Tik Tik Tik(チク・タク・チク)』が公開されたりとミニ宇宙映画ブームが起きつつある中で、本作は2019年8月15日(インドの独立記念日です)に公開され、同年の興収第7位となるヒット映画となったのでした。

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本作は、ベンガルール(旧名バンガロール)にあるインド宇宙研究機構(ISRO)を舞台に、火星探査機「マンガルヤーン」がロケットに搭載され、2013年11月5日に見事というかやっとのことで打ち上げられるまでを描いています。物語の始まりは2010年のロケット打ち上げ失敗からで、この時は火星探査が目的ではありませんでした。ロケットを使って打ち上げるのは、いわゆる「人工衛星」(軍事衛星や通信・放送衛星、気象などの観測衛星等々使用目的は多岐にわたる)がほとんどなのですが、インドが使っているロケットは現在2系統あり、先に使用開始した「PSLV(Polar Satellite Launch Vehicle)」と、後発の「GSLV(Geosynchronou Satellite Launch Vehicle)」が活躍しています。2010年はGSLVロケットのロシア製第3段をインド製に交換しての打ち上げでしたが、失敗に終わったとWiki「インドの宇宙開発」には述べられています。その失敗から冷や飯食い的立場に追い込まれた主人公の二人が、二軍選手的な若手や年輩研究者を配された「崖っぷちチーム」で、火星探査ロケットの打ち上げに挑むのが本作のストーリーです。『ミッション・マンガル』の「マンガル(Mangal)」とは「火星」のことで、前述の「マンガルヤーン(Mangal)」は「マンガル」+「ヤーン(運搬手段、乗り物、宇宙船)」というネーミングです。本作には月探査ロケットも登場するのですが、そちらのネーミングは「チャンドラヤーン」、つまり「チャンドラ(月)」+「ヤーン」となっています。

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2010年、打ち上げられた直後にロケットは不具合を起こし、責任者ラケーシュ・ダワン(アクシャイ・クマール)は自爆指示を出して作戦を停止させます。部下でチーム長のタラ・シンデ(ヴィディヤ・バラン)は、事前チェックで小さな不調が報告されながら、それを無視した自分のミスだと申し出ますが、ラケーシュは自らの責任だとして会見に臨み、上司であるISRO所長(ヴィクラム・ゴーカレー)やニューデリーでの聴聞会での委員による叱責も甘んじて受けます。ラケーシュはNASA出身のデサイ(ダリップ・タヒル<正しくはダリープ・ターヒル>)にその地位を奪われ、タラと共に火星探査計画部門へと追いやられます。そこは古びた建物で設備も貧弱、そして配置されてきたメンバーは、高度な知識や技能を持った科学者たちの希望リストを提出したにも関わらず、若手や引退間近の科学者たちでした。

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そのメンバーは、航行・通信専門のクリティカ(タープスィー・パンヌー)、ジェット推進専門のエカ(ソーナークシー・シンハー)、船体設計専門のヴァルシャー(ニティヤー・メネン<正しくはニティヤ・メーナン>)、自律システム専門のネハ(クリティ<正しくはキールティ>・クルハーリー)という女性4人と、男性のパルメーシュワル(シャルマン・ジョシ<ジョーシー>)にアナント・アイアンガー<正しくはアイエンガル>(H.G.ダッタトレーヤ)でした。彼らはそれぞれに家庭の事情などもかかえており、一丸となって火星探査ロケット開発に邁進する、という雰囲気ではありませんでした。もちろん、リーダー格のタラにも家庭の問題があり、口うるさい夫(サンジャイ・カプール)や近頃挙動がおかしい息子なども抱えていたのですが、楽天的なラケーシュの影響もあって、タラはいつも前向きでした。そして、彼らのアイディアや工夫によって、火星探査ロケットの開発が軌道に乗り、2013年秋には打ち上げが目前に迫ってきます...。

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実はこれ、実際のISROに存在したチームの働きを元にした、実録映画なのです。女性メンバーが半数以上を占めるなど日本では考えられないことで、インドの女性研究者は優秀であり、現場では差別が少ないのだ、ということがまず衝撃的でした。姑から出産を強く望まれていたり、浮気した夫に離婚されてしまったり、怪我をした軍人の夫に付き添わなくてはならなかったりと、女性としての問題も抱えているのですが、それらと折り合いをつけながらロケット開発に取り組んでいく姿は、女性としてとっても魅力的です。独身で、この職場をNASAに行くためのステップとしてしか考えていないエカは一番の現代っ子女性ですが、チームの魅力に目覚めていくところなど、見ていて共感してしまいます。女性陣に比べて男性陣は少々影が薄く、実際にはもっと別のキャラだったのでは、という考えもよぎるものの、最後に現れる実在のメンバーを見ると、かなり事実に忠実に描かれているようです。メンバーそれぞれの個性が、本作の一番の魅力と言っていいでしょう。

そして、さらなる見どころは火星と地球の関係です。何それ、と言われそうですが、「水・金・地・火・木・土・天・海・冥」と理科で習った「地・火」、つまり地球と火星の関係が本作でよくわかって、とても楽しかったのでした。探査機ロケットをどのように飛ばすべきか、という疑問に答えてくれるのが、インド版Wikiにある「Mars Orbiter Mission(火星探査計画)」という項目です。日本語版もあるのですが、すごく簡略化されているので、英語版の方をどうぞ。動く天体図が面白いです。これらで事前予習していくと、内容がさらによくわかると思います。最後に予告編を付けておきますので、新春の公開をどうぞお楽しみに!

映画『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』予告編

 

Amazon Primeの古典的インド映画ラインアップ

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インドでは、映画館の営業が正常化しているとはまだまだ言いがたいようです。デリー、ムンバイ、チェンナイ、プネーの映画情報ページを時々チェックしているのですが、デリーのページはフリーズしたままです。他の都市のページも、ロックダウン前に公開された映画、例えばヒンディー語の『Tanhaji(ターンハージーまたはターナージー:ターナージー・マールスレーという17世紀の軍人の物語)』や、カンナダ語の2018年ヒット作『K.G.F.:Chapter 1』のヒンディー語版上映とかが目玉で、加えて小粒な新作が1本か2本公開中、という状態です。ベンガルール在住で、カンナダ語映画を中心とした南インド映画に詳しいカーヴェリ川長治さんが、長い沈黙を破ってブログに新作映画の紹介をして下さったので喜んでいたのですが、元のような状態に戻るのは、新型コロナウィルスの感染がさらに沈静化してからになりそうです。

Disney+ Hotstar logo.svg  Netflix 2015 logo     https://www.amazon.com/prime

そんなわけで、以前にも書いたようにインドではというかボリウッドでは、上のロゴにあるような配信に乗せての映画お披露目がまだまだ続いています。今後の予定はこちらの12月を見ていただければと思いますが、映画館での公開作はまったくリストアップされていません。2021年の公開作の予定もすでに出ているのですが(こちら)、来年1月からは元にもどるのでしょうか...。

そんな中、日本のアマゾン・プライム・ビデオは知らないうちにインド映画の古典的作品のリリース数を増やしてきています。こちらでご紹介した時は3本だったのに、今や10本も、1930~50年代の作品がアップされています。字幕は相変わらず「問題大あり!」なのですが、配信に詳しい方に聞くと、アマゾン・プライムに抗議してもムダとのこと。インド本国で入れているらしいのですが、自動翻訳機製としても、ある程度読める日本語なので、誰か日本人がチェックしているのでは、と思います。その人が、「字幕には句読点を付けない」という超・基本事項さえ知っていてくれれば、ぐんとマシになるのに、と見るたびに嘆きとため息を誘発する字幕ですが、作品自体はインド映画史上重要な作品が多いので、お時間がある方は見てみて下さい。下に作品一覧と、いくつか、ヒット曲のクリップも貼り付けておきます。

♫  ♫  ♫  ♫  ♫  ♫  ♫

『Awara(「バガボンド」という邦題はぜひ「放浪者」に)』1951
 監督:ラージ・カプール
 主演:ラージ・カプール、ナルギス、プリトヴィーラージ・カプール
 見所:ラージ・カプールの監督・主演作の中で、『詐欺師』とならぶツー・トップ作品。日本では、1988年の「大インド映画祭1988」で上映され、その時の邦題が『放浪者』。1950年代のソ連(現ロシア)や中国でも人気を博した。生まれと育ち、人間は何によって規定されるのか、という問題を提示しているが、表現等のモダンさに驚かされるはず。

Awara Hoon | Awaara Songs | Raj Kapoor | | Mukesh | Shankar Jaikishan | Ultimate Raj Kapoor Song

 

『Anarkali(アナールカリー)』1953
 監督:ナンドラール・ジャスワントラール
 主演:プラディープ・クマール、ビーナー・ラーイ
 見所:ムガル朝時代、アクバル大帝の宮廷の踊り子アナールカリー(「ザクロのつぼみ」の意味)と、アクバルの息子サリーム王子との許されぬ恋を描く。その後に作られる『偉大なるムガル朝』(1960)ほど有名な作品ではないが、ラター・マンゲーシュカルの歌った多くの歌が今も親しまれている。

Yeh Zindagi Usi Ki Hai (1) - Anarkali Song

 

『Baiju Bawra(夢中のバイジュー)』1952
 監督:ビジャイ・バット
 主演:バーラト・ブーシャン、ミーナークマーリー
 見所:声楽家として音楽の道を進むバイジューとゴウリーの恋、そして名歌手ターンセーンとの歌の競い合いを見せる音楽映画。ラスト近く、ムガル朝のアクバル大帝の前でターンセーンと闘う歌合戦シーンは、どちらの歌で大理石が水に溶けるかを競う熾烈なもの。このシーンと、著名作曲家ノウシャードによる歌の数々が、インド映画ファンに忘れがたい印象を残した。

Tu Ganga Ki Mauj (HD) - Baiju Bawra Songs - Meena Kumari - Bharat Bhushan - Naushad Hits

 

『Boot Polish(靴磨き)』1954
 監督:プラカーシュ・アローラー
 主演:クマーリー・ナーズ、ラタン・クマール、デヴィッド
 見所:ラージ・カプールの製作作品で、親を亡くした兄妹があやしげな商売をしている叔母に引き取られ、物乞いをさせられるが、隣人の助けで靴磨きとなって生計を立てていく。その2人に降りかかる様々な苦難を描いたもので、子供たちの演技が涙を誘った。

Lapak Jhapak Tu Aa Re Badarwa - David - Boot Polish - Manna Dey - Evergreen Hindi Songs

 

『Jeet(勝利)』1949
 監督:モーハン・シンハー
 主演:デーウ・アーナンド、スライヤー
 見所:独立直後のインドを描いた作品で、未見。スライヤーは歌手でもあり、1947年の独立後、歌の吹き替えが急速に定着する中で、自らの声で歌った女優として有名。

『Jhanak Jhanak Payal Baaje(シャンシャンと足鈴が鳴る)』1955
 監督:V.シャーンターラーム
 主演:ゴーピー・クリシュナ、サンデャー
 見所:富豪の娘がカタック・ダンスに精進する若者の踊りに魅せられ、自らも踊りの道に飛び込むお話。一昔前のインド映画で人気ジャンルだった「芸道もの」に分類される作品で、実際にカタック・ダンサーであるゴーピー・クリシュナの超絶舞踊が見られる。『コートニース博士の不滅の生涯』(1946)など名作を数多く世に出したV.シャーンターラーム監督作品。国際交流基金の「インド映画祭1988」では、『この命 踊りに捧げて』のタイトルで上映された。

Gopi krishna in Jhanak Jhanak Paayal Baaje (1955)

 

『Naukri(仕事)』1954
 監督:ビマル・ラーイ
 主演:キショール・クマール、シーラー・ラマーニー
 見所:『2エーカーの土地』(1953)の名監督ビマル・ラーイ監督作品。のちにプレイバック・シンガーとして頂点を極めるキショール・クマールの主演作。吹き替えた映画は1000本、俳優としての出演作も100本近くにのぼり、特に1960・70年代はキショール・クマールなしではボリウッド映画界は存在できなかった。当時の世相を反映した職探しドラマで、キショール・クマールの軽やかな演技が見もの。

『Nirmala(ニルマラー)』1938
 監督:フランツ・オースティン
 主演:デーヴィカー・ラーニー、アショーク・クマール
 見所:ドイツ人監督で、サイレント時代からインドで映画を撮ってきたフランツ・オースティンの監督作。ヒマーンシュ・ラーイとの共同監督作品『亜細亜の光』(1925)はサイレント期の日本でも公開された。デーヴィカー・ラーニーとアショーク・クマールという『Acchut Kanya(不可触民の娘)』(1936)コンビが主演している。未見。

『Shree 420(詐欺師)』1955
 監督:ラージ・カプール
 主演:ラージ・カプール、ナルギス、ナディラー
 見所:『放浪者』と並ぶ、ラージ・カプールの監督・主演作品中の代表作。都会に出てきた大卒の男が職を求めるうちに、詐欺に手を染めるようになる。冒頭で主人公が歌う「私の靴は日本製」は大ヒットした。

Mera Joota Hai Japani | Raj Kapoor | Nargis | Shree 420 | Evergreen Bollywood Hits {HD} | Mukesh

 

『Sikandar(アレキサンダー)』1941
 監督:ソーフラーブ・モーディー
 主演:プリトヴィーラージ・カプール、ソーフラーブ・モーディー
 見所:日本でも配信中のインド長編ドラマ『ポロス 古代インド英雄伝』と同じ、アレキサンダー大王とインドの王ポロスの出会いを描く物語。未見。 プリトヴィーラージ・カプール(ラージ・カプールの父)、ソーフラーブ・モーディー共にインド映画の前身となるパールシー演劇で活躍しており、その演技に舞台のあとがうかがえて面白い。

 

『ミッション・マンガル』Mission 2:主演のアクシャイ・クマールのパワーを知る!

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『ミッション・マンガル』なので、何とか「マンガル(火曜日)」にはアップしようと思っていたのですが、今週も果たせずじまい。前にも書きましたが、火曜日は「मंगरवार (マンガルワール)」と言います。順番に書くと、日曜日「रविवार(ラヴィワール)」、月曜日「सोमवार(ソームワール)」、火曜日「मंगलवार(マンガルワール)」、水曜日「बुधवार(ブドワール)」、木曜日「बृहस्पतिवार(ブリハスパティワール)」または「गुरुवार(グルワール)」、金曜日「शुक्रवार(シュクラワール)」、土曜日「शनिवार (シャニワール)」または「सनीचर(サニーチャル)」となります。それぞれの曜日の名前から「~ワール」を取ったのが、天体の名前となります。え、月は「ソーム」なの? 「チャーンド」じゃないの? と思われる方もあるかと思いますが、「चाँद(チャーンド)」も「चंद्रमा(チャンドラマー)」も同じく月のことを指します。ヒンディー語は、同じ曜日の言い方もいろいろあったりするように、バラエティに富んでいるんですね。

『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打ち上げ計画』 公式サイト
 2019年/インド/ヒンディー語/130分/原題:Mission Mangal/字幕:井出裕子
 監督:ジャガン・シャクティ
 出演:アクシャイ・クマール、ヴィディヤ・バラン(ヴィディヤー・バーラン)、タープスィー・パンヌー、ソーナークシー・シンハー、クリティ・クルハーリー(キールティ・クルハリ?)、シャルマン・ジョシ(ジョーシー)
  配給:アット エンタテインメント
※1月8日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開

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さて、本日のミッションは、主演である男優アクシャイ・クマールのパワー分析です。『ミッション・マンガル』では、火星探査ロケットを飛ばすミッションの責任者ラケーシュ役。これが熱血チーム長では全然なくて、何かぬるい感じのおじさんなんですが、ビシッと1本筋が通っているところが「いいね!」と押したくなる上司なんですね。冒頭にある別ミッションのロケット発射失敗でも、小さな齟齬を無視して「自分の受け持ちはOKです」と判断してしまったタラ(ヴィディヤ・バラン)を責めず、「私の責任だ」とマスコミとの会見で謝るという、今の世間ではまずお目にかからないタイプの男性です。こんな上司、日本はもちろん、特にインドではぜーったいに見つかりませんよ。(インドの偉いお役人の無責任ぶりには、何度泣かされたことか)

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普段は鼻歌を歌い(この歌が、何を歌っているんだか聞き取れない。フィルムソングでしょうか?)、前述の会見前にもお菓子をつまむ(成功した時にみんなが口に入れて祝うために、バルフィーか何かのお菓子が用意してあるんですね)などの行儀の悪さを見せるラケーシュですが、頑固に自分の信念を貫くヒーロー性もあって、部下からは絶大な信頼を寄せられる人物として描かれます。そして、ちゃらんぽらんに見えながら、冷静に物事を判断する頭の良さと心の温かさとを兼ね備えている、というキャラが、アクシャイ・クマールにはぴったりなんですね。これが、同世代の主役級スターの中で、アクシャイ・クマールに次々とオファーが来ている秘密とも言えます。1967年9月9日生まれのアクシャイ・クマールは現在53歳。3人のカーン、つまりアーミル・カーン(1965年3月14日生まれ)、シャー・ルク・カーン(1965年11月2日生まれ)、サルマーン・カーン(1965年12月27日生まれ)とほぼ同年代と言ってよく、これまではこの3人の活躍の影になって、二級とは言いませんが一級スターよりちょっと下に見られていたアクシャイ・クマールなんですが、2010年代に入って、一挙に存在感が増しました。

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日本の皆様には、『パッドマン 5億人の女性を救った男』(2018)でお馴染みのアクシャイ・クマール。他に日本公開作品では、主演作では『KESARI/ケサリ』(2019)と『チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ~印度から中国へ~』(2009)、準主演作では『ロボット2.0』(2018)、そしてカメオ出演作では『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(2007)があります。また、DVDスルー作品では、『スタローンinハリウッド・トラブル』(2009)も見られます。アクシャイ・クマールは1991年に『Saugandh(誓い)』でデビューしており、すでに150本近い作品に出演していますが、彼のスター歴は大体3つの時期に分けられます。最初は「キラーリー(khiradi)期」で、1992年の『Khiradi(戦士、ゲームをする人などの意味)』から始まって、「キラーリー」がタイトルについた作品が何本も作られました。気が良くて向こう見ずな主人公が織りなすアクション&コメディが、当時の観客に支持されたのです。そして次は、「バディ・コメディ期」とでも言えばいいのか、複数の主人公が活躍するドタバタコメディ作品が支持されました。スニール・シェーッティーとのペアにパレーシュ・ラーワルが加わったコメディ『Hera Pheri(ドタバタ)』(2000)をきっかけに、このシリーズや「Housefull」シリーズが生まれて人気を呼びます。そして第3期が「実録もの期」とでも呼べる、実在した主人公を演じる作品が続く現在です。

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『ミッション・マンガル』も、そして『パッドマン』や『KESARI/ケサリ』も、すべて実在の人物がモデルになっている作品です。ほかにも、日本で映画祭上映された『エアリフト~緊急空輸~』(2016)など、多くの実録もの作品にアクシャイ・クマールは次々と起用されていきます。それまでは、非現実的な夢のヒーローが好まれたボリウッド映画が、地に足がついた主人公を好むようになった、つまりは観客がそういうヒーロー像を要求するようになったのが、アクシャイ・クマールの魅力とパワーを開花させたのです。そのあたりを、ぜひ『ミッション・マンガル』でご確認下さい。予告編からもアクシャイ・クマールの魅力の一端がわかりますが、私が一番好きなのは彼の笑顔と少々かすれた声。昔は、何て深みのない声なんだ、役者としては失格ね、などと思っていたこの声ですが、今となってみると主人公の実在感を出すのに大きく貢献しています。さて、あなたのご意見は? 『ミッション・マンガル』公開前でも、いろいろご意見をお寄せ下さい。

『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』予告

 


アジア”福”映画<1>韓国映画『チャンシルさんには福が多いね』

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2020年もそろそろ終わりに近づいてきました。新型コロナウィルスが蔓延したせいで、「悪夢のような2020年」として記憶されるのでは、と思いますが、それだけに来年がいい年になるよう、願う気持ちが強くなりますよね。そのせいかどうかわかりませんが、タイトルや主人公の名前に”福”が入った作品がどうしても目についてしまいます。その中のいくつかを、アジア”福”映画として、ご紹介したいと思います。まずはそのものズバリ、タイトルに“福”が入った韓国映画『チャンシルさんには福が多いね』からどうぞ。

『チャンシルさんには福が多いね』 公式サイト
 2019/韓国/韓国語/96分/原題:찬실이는 복도 많지
 監督・脚本:キム・チョヒ
 主演:カン・マルグム、ユン・ヨジョン、キム・ヨンミン、ユン・スンア、ペ・ユラム
 配給:リアリーライク・フィルムズ+キノ・シネマ
 配給協力:アルミード
※2021年1月8日(金)より福いっぱいの新春ロードショー! ヒューマントラストシネマ渋谷・ヒューマントラストシネマ有楽町他にて公開
© KIM Cho-hee All RIGHTS RESERVED/ ReallyLikeFilms

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アラフォーの女性チャンシル(カン・マルグム)は映画のプロデューサー。これまでずっと、自分よりだいぶ年上の男性監督の現場で、彼の映画製作を支えてきたのですが、その初老の監督が何と! スタッフとの飲み会の場で急死してしまいます。それまではチャンシルを「あなたは韓国映画界の至宝よ」と持ち上げてきた製作会社の女性社長も、肝心の監督が亡くなったとなれば、そんなことは忘れたかのようにチャンシルに見向きもしません。失業したチャンシルは、家も家賃の安いところに引っ越し、一風変わった老婦人の大家さん(ユン・ヨジョン)と暮らすことに。チャンシルを慕ってくれる駆け出し女優ソフィ(ユン・スンア)の家に行って部屋を片付けたりしているうちに、彼女の家の家政婦となったチャンシルは、ソフィのフランス語家庭教師としてやってくる短編映画の監督ヨン(ペ・ユラム)に心ときめかせたりします。通いの家政婦であることを隠し、ヨンと何となく付き合っている感じになったチャンシルの周囲に、もう1人の男性の影が。その男(キム・ヨンミン)は、どうも大家さんが「入っちゃダメ!」と言っていた部屋に住んでいる様子で、香港映画『欲望の翼』のレスリー・チャン演じるヨディとおんなじ格好をしています。これはまぼろし? それとも...。チャンシルの周りには、プロデューサー時代とは違った”福”が漂うようになりました....。

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映画の幕開けには葬送行進曲が流れ、スタンダード画面で飲み会が進行し、あれ、今どきスタンダードとは珍しいな、と思っているうちに初老の監督が倒れてビスタ画面になり...と、初っぱなからユニークさが全開の作品です。本作の監督は、これが長編第1作となるキム・チョヒですが、実は本作は、彼女の実体験から多くのインスピレーションを得ているとのこと。キム・チョヒ監督は、かつてホン・サンス監督のプロデューサーを7年間務めていた、と聞くと、本作の持ち味がどこからきているのか何となくわかる気がします。キム・チョヒ監督がプロデューサーとして担当したのは、ホン・サンス監督作品のうち、『ハハハ』(2010)、『ソニはご機嫌ななめ』(2013)、そして『自由が丘で』(2014)などだそうですが、その後彼女は韓国映画界を離れ、カナダで自分を見つめ直すことに。そして、監督への第一歩を踏み出したわけですが、本作の冒頭、チャンシルが信頼して言わば「仕えて」きた監督を、これも言わば「頓死」させているのがすごく意味深に思えてきます。深読みしすぎででしょうか。

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このほか、キム・チョヒ監督自身をチャンシルに反映させたポイントはまだまだあります。チャンシルとフランス語家庭教師のヨンが飲みに行き、映画談義をするシーンでのシネフィルぶりもその一つです。チャンシルが小津安二郎監督に傾倒し、熱く語るのに対し、自分も短編映画監督であるヨンが同調するかと思いきや、「小津は退屈だ」と言い、出てきた監督の名前はクリストファー・ノーラン。最近では『テネット』(2020)が話題になっていますが、脚本も担当したキム・チョヒ監督が本作を書く時にイメージしたのは、『インセプション』(2010)とか『ダンケルク』(2017)とかでしょうか。頭にきたチャンシルが語気を強めて反論する姿は、それまでの少々地味で、のほほんとした彼女の姿を一変させるインパクトがあり、本作中白眉のシーンとなっています。そのほか映画の中で語られるタイトルは、ヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン 天使の詩』(1987)や、ユーゴスラビアの監督エミール・クストリッツアの『ジプシーのとき』、さらに王家衛(ウォン・カーウァイ)監督の『欲望の翼』(1990)など。そしてこの『欲望の翼』へのオマージュが、ストーリーの所でも述べたように、これまたユニークな形で本作の中に出現するのです。

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浦川留さんの12月3日付けブログによると、本作が今年3月の大阪アジアン映画祭で上映された時、「レスリーが、レスリーが、とSNSがにぎわっていた」そうで、似ていなくもない、という感じのキム・ヨンミン演じる『欲望の翼』のヨディが出てくるのです。しかしながら、レスリー・ファンだった私としてはいまいち不満がありまして。確かに、『欲望の翼』のあのシーンは、ヨディの自己愛がビンビン感じられて印象深く、レスリーもすごくセクシーだったものの、その姿でソウルの郊外に出てこられるのはいかがなものか、とブーたれてしまいました。レスリー・ファン、香港映画ファンの方は、ぜひご自分の目で確かめてみて下さいね。そうそう、それから浦川さんは、「ちなみに大阪アジアンでは『チャンシルは福も多いね』とのタイトルだったのが公開タイトルは表題のようになり、”も”と”が”のニュアンスの相違がなんか気になる」(引用で「」に入れたため、使用記号を少し変えてあります)とも書いていて、原題にあたってみました。原題は「찬실이는 복도 많지(チャンシリヌン・ポッド・マンチ)」で、「복(ポク)」は「福」、「도 (ド)」は「~も」なので、大阪アジアン映画祭の『チャンシルは福も多いね』の方が正確な訳ではと思いますが、韓国語がご専門の方、いかがでしょう? ま、公開邦題は原題から変わることも多く、英語題名が「Lucky Chan-sil」であり、お正月公開の映画でもあることから、「福が多いね」になったのかも知れません。

本作は印象的なシーンがいくつもあるのですが、その中で私の心に残ったのは、最初の方のお引っ越しシーン。それまで住んでいた便利のいい借家(おそらくアパート)を出て、チャンシルが丘をずっと上がった場所の、足的には不便な住宅地に間借りするため、引っ越していくシーンです。赤いプラスチックの大たらい(盥)に荷物を入れて頭に乗せたチャンシルを先頭に、映画スタッフの若い男性3人が他の荷物を持ってえっちらおっちら丘を登っていくのですが、その道がジグザグ道。アッバス・キアロスタミ監督の『友だちのうちはどこ?』(1987)に出てきたジグザグ道を思い出してしまいました。そんな風にこだわり始めれば、いろんな箇所で遊べる作品で、キム・チョヒ監督は、これまでやりたかったことを思いっきり初監督作の中で実現させている感じです。そんな至福感も伝わってくる『チャンシルさんには福が多いね』の福は、ユルい福ですが、じわじわと効いてくると思いますよ。最後に予告編を付けておきます。

『チャンシルさんには福が多いね』予告編

 

スペース・アーナンディ/インド映画講座第Ⅴ期<インド映画のエレメンツ2>「舞踊の魅力」

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先週の土曜日、12月5日(土)、インド映画連続講座第Ⅴ期の第1回「音楽の魅力」の2回目の講座を開催しました。新型コロナウィルス感染拡大の第3波が顕著になってきた時なので、キャンセルなさる方も出たのですが、それはもう仕方のないことです。でも、ほとんどの方が足を運んで下さり、ほぼ満員(と言っても、以前の定員の半分ですが)のお席にむかって、楽しく話をさせていただきました。<第1回>では、映画音楽の諸側面を知っていただくために、映画音楽の歌詞本(1ルピーのペラ紙のものからポケットブックまで、いろんな種類があります)や70年代から90年代までの間に買ったLPレコードのジャケットなども見ていただいています。わが家の映画音楽関係グッズは、一大展示ができそうなぐらいあるのですが、その一端をお目に掛けることが出来て嬉しいです。で今回は、来月の講座「舞踊の魅力」のお知らせです。

              

スペース・アーナンディ/インド映画連続講座第Ⅴ期
「インド映画のエレメンツ」
<第2回>舞踊の魅力

 スペース・アーナンディ「インド映画連続講座」は、定員を約半分に制限し、感染予防策を徹底させながら実施を続けています。今期第Ⅴ期の新しいテーマは「インド映画のエレメンツ」。久しぶりに映画そのものに戻り、インド映画を魅力的にしている要素のあれこれを探ってみたいと思います。

  第1回では「音楽の魅力」を取り上げましたが、それに続くのは「舞踊の魅力」。「音楽」と共に「舞踊」は、インド映画には欠かせない要素として、サイレント映画の時代から今に至るまで、インドのみならず世界中の人々を魅了し続けています。21世紀に入ってソング&ダンスシーンが減ってきたとはいえ、それだけに2、3箇所挿入されるソング&ダンスシーンは、さらにゴージャスに、さらに工夫に富んだものになってきているのも事実です。

Bharata Natyam Performance DS.jpg

左からバラタナティヤム、カタカリ、カタック(Wikiより)

今回は、音楽の時と同じく古典のお話から始めて、4大インド古典舞踊と言われるバラタナティヤム、カタカリ、カタック、マニプリの基礎知識とその他の舞踊の説明、そして映画へのアダプテーションのお話などを致します。俳優の中にも著名なダンサーもおり、さらに舞踊振付師は裏の人ながらスター的存在の人もいるので、そんなお話なども。また、歴史に残る名ソング&ダンスシーン(これは多すぎて困るのですが…)もご紹介し、実際に見ていただこうと思っています。

さらにさらに、「音楽」の時には触れなかった、ソング&ダンスシーンの作り方、撮り方についてもお話しできればと思います。ダンスシーンの分析までは手が回らないかも知れませんが、とにかくたっぷりと、インド映画の絢爛豪華な舞踊世界をお楽しみいただこうと思いますので、ご期待下さい。(下は、最近の公開作でピカイチだった『WAR/ウォー!!』のソング&ダンスシーン)

Ghungroo Song | WAR | Hrithik Roshan, Vaani Kapoor | Arijit Singh, Shilpa | Vishal & Shekhar, Kumaar

 

 日時:2021年 1月9日(土) 15:00~17:30   (お好きな回をお選び下さい)
                 1月23日(土) 15:00~17:30
                 1月30日(土) 15:00~17:30
 場所:スペース・アーナンディ(東急田園都市線高津駅<渋谷から各停18分>下車1分)
 定員:11名
 講座料:¥2,500(含む資料&テキスト代)
 講師:松岡 環(まつおか たまき)

 今回も、①定員は約半分、ソーシャル・ディスタンスを確保する、②参加者はマスク着用、手の消毒も徹底する、③会場は消毒を励行、換気も徹底する、④その他、できうる限りの感染予防策を取る、という点に注意して実施しますが、感染者数がまた増えている状態なので、状況次第では中止のご連絡をするかも知れません。その点、悪しからずご了承下さい。

 ご予約は、スペース・アーナンディのHP「受講申し込み」からどうぞ。ご予約下さった方には、ご予約確認と共に、スペース・アーナンディの地図をメール送付致します。床におザブトンをひいて座っていただく形になりますので、楽な服装でお越し下さい(申し訳ないのですが、スペースの関係上イス席はご用意できません。悪しからずご了承下さい)。皆様とお目にかかれるのを楽しみにしております。

             

それから、以前こちらでご案内しました<インディアンムービーウィーク2020リターンズ>ですが、12月11日(金)~@キネカ大森のスケジュールが出ました。こちらです。年末年始はぜひインド映画へ!

 

『ミッション・マンガル』Mission 3:肝っ玉ヴィディヤの魅力を攻略!

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「はやぶさ2」の話題のおかげで、宇宙への関心が高まっている今日この頃。小惑星探査は日本の独壇場になりそうですが、火星探査はインドにお任せ下さい! わが『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打ち上げ計画』の、「崖っぷち」チームならぬ”名”チームがお引き受け致します。最初は”迷”チームだったろうって? そりゃ、予算も付かなければ施設も機材もオンボロ、配置された人員にも問題児がゴロゴロおりましたが、チーム長のラケーシュ・ダワン(アクシャイ・クマール)とわたくしの指導力の賜物で、施設も人間も立派に使えるものになりました――と言っていそうなのが、本作の登場人物の中では要になる人物、タラ・シンデ(正確に音引きを付けると「ターラー・シンデー」)です。演じているのはヴィディヤ・バラン。2015年に日本公開されて人気を呼んだサスペンス映画『女神は二度微笑む』(2012)では、「ヴィディヤー・バーラン」という正しい音引き付きで紹介されましたので、こう書けばあの臨月近いお腹をした、やつれたヒロインを思い浮かべる方も多いはず。しかし本作では、あの細面の美女から肝っ玉母さんに大変身。今回はタラに焦点を当てながら、『ミッション・マンガル』の魅力をお伝えしていくミッション遂行です。

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『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打ち上げ計画』  公式サイト
 2019年/インド/ヒンディー語/130分/原題:Mission Mangal/字幕:井出裕子
 監督:ジャガン・シャクティ
 出演:アクシャイ・クマール、ヴィディヤ・バラン(ヴィディヤー・バーラン)、タープスィー・パンヌー、ソーナークシー・シンハー、クリティ・クルハーリー(キールティ・クルハリ?)、シャルマン・ジョシ(ジョーシー)
  配給:アット エンタテインメント
※1月8日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開

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本作ではそもそも、「タラ(ターラー)」という名前が、ヴィディヤ・バラン演じる彼女の運命を宇宙に結びつけています。「तारा/ターラー」とは、「星」という意味なのです。「सितारा/シターラー」というペルシア語が語源の単語もありますが、どちらもインドで「星」の意味でよく使われる単語です。この「星子」母さん、サリー姿で車を運転してISRO(インド宇宙研究機関)に出勤し、宇宙探査ロケット開発に携わる一方、家庭では心配性で口うるさい夫(サンジャイ・カプール)を上手にいなし、オタク傾向の強い息子と遊びたい盛りのハイティーンの娘を愛情いっぱいに育てるなど、なかなかの肝っ玉母さんなのです。いつもどっしりと構えて、何が起こってもあわてないその姿は、ヴィディヤ・バラン本人の体型の変化と年齢の変化もあって、観客に安心感と信頼感を与えてくれます。

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そして劇中で、タラは火星探査ロケットの燃料不足を補う方法として、家でプーリー(全粒粉の揚げパン/上写真でタラが持ち上げているのが膨れたプーリー)を揚げていた時に「余熱の利用」を思いつくのです。ここは、本作のハイライトシーンの1つとなっています。劇中ではあまり丁寧に説明されていないのですが、女性ならではの視点で燃料の節約に寄与し、それが成功した、というのは同性としてとっても嬉しいですね。そのほか、様々なシーンでタラの魅力が噴出するのですが、それがすんなりと観客の胸に響くのも、ヴィディヤ・バラン本人の魅力があればこそ。特にここ5年ほど前から、ヴィディヤはコメディ映画のたくましい女性主人公として目覚ましい活躍をするようになってきていて、本作でも観客はそれを期待して見るに違いありません。それまでのたおやかな娘役から脱皮する時期に来ていたこともあるのですが、ユニークな役柄が増えているのです。

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1979年1月1日生まれのヴィディヤ・バランがデビューしたのは2003年で、ベンガル語映画の『Bhalo Theko(気をつけて)』でした。続く第2作はヒンディー語映画だったのですが、この2005年の『Parineeta(既婚婦人)』の原作は、ベンガル語の著名作家シャラトチャンドラ・チャテルジー。ヴィディヤの両親は南インドの出身で、自宅ではタミル語とマラヤーラム語が飛び交っていたそうですが、なぜか当時のヴィディヤのイメージは「しっとりしたベンガル女性」だったようです。このイメージの一端が、『女神は二度微笑む』(2012)のヒロイン、「タミルナードゥ出身でベンガル人の夫を持つ女性」にも引き継がれたのですね。当時、『Ishqiya(激情)』(2010)や『The Dirty Picture(汚れた映画)』(2011)などいくつかの作品で、男を手玉に取る個性的な女性を演じたあと、ヴィディヤが一転して素っ頓狂な地方女性を演じたのが『Bobby Jasoos(探偵ボビー)』(2014)でした。この作品でコメディエンヌとしての才能を開花させ、続いて『あなたのスールー(正しくは”スル”)』(2017)という、平凡な主婦がラジオでセクシーな声を披露して大人気になる、というコメディをヒットさせます。そこから南インド映画に出たりしたあと、再びヒンディー語映画に戻ったのが本作『ミッション・マンガル』だったのです。というわけで、見ている人はヴィディヤのコメディエンヌぶりを期待していただろうと思いますが、実在の人々をモデルにした作品だけにあまりハメをはずせはしなかったものの、ヴィディヤの存在のおかげで楽しい作品になったことは間違いありません。

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そんなヴィディヤ・バランに対し、アクシャイ・クマールはいつもの作品よりもちょっと控え目で、2人のコンビがうまく化学反応を起こすよう気遣っている感じです。この辺の案配は新人監督のジャガン・シャクティには手に余ったと思うので、脚本に加わり、プロデューサーとしても現場に詰めていたと思われるR.バールキ(『パッドマン』等の監督)の助けも大いにあったことでしょう。ジャガン・シャクティ監督は助監督として、R.バールキ監督作品の『パッドマン』(2018)やヴィディヤが出ていた『Paa(パパ)』(2009)、R.バールキ監督の妻であるガウリ・シンデー監督の『マダム・イン・ニューヨーク』(2012)などの現場に入っていたとのことなので、キャリアは十分。本作は2019年度興収トップ10の第7位に入ったことから、ジャガン・シャクティ監督の前途も明るいことでしょう。「ジャガン(世界、宇宙)・シャクティ(力、能力)」というこのパワフルな名前、是非憶えておいて下さいね。

いつもですと予告編を付けるのですが、ちょっと変わったインタビュー映像を見つけましたので、それを付けておきます。プロモーションでラジオ局に出演した時のもので、カメラが1台しかないのがつらいですが(あちこち動かざるを得ない)、ヴィディヤ・バラン、ニティヤ・メーノーン、タープスィー・パンヌー、アクシャイ・クマール、ソーナークシー・シンハーがMCを囲んで楽しそうに英語時々ヒンディー語で話をしており、彼らの仲の良さがうかがえます。字幕がありませんが、お楽しみ下さい。

Akshay Kumar, Vidya Balan, Sonakshi Sinha, Taapsee Pannu & Nithya Menen | Mission Mangal | HrishiKay

 

明日、チュティモンちゃんが戻って来る! 『ハッピー・オールド・イヤー』

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ああ、タイに行きたい。もちろんインドにも行きたいのですが、毎夏行っては補給していたタイ製品が目下切れつあって大ピンチ! シミ取りクリームとかそんなご大層なものではなく、王室関連の店で売っている40バーツ(140円)だかのクリームなんですが、森の中のような香りで心が落ち着き、ニオイが苦手の私でも付けられるため愛用しているのです。あと1ヶ月持つか持たないかなんですが、来年の夏には行けるのだろうか、バンコク...。そんな私がちょっぴり心を癒やせたのは、先日試写で見せていただいたタイ映画『ハッピー・オールド・イヤー』。何せ主演が、私の大好きな作品『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017)のリンことチュティモン・ジョンジャルーンスックジンなのですから、それだけで心が躍りました。『バッド・ジーニアス』公開後、何本かちょっとだけ出演した作品はあったものの、『ハッピー・オールド・イヤー』は全編フル出演です。長髪をバッサリ切ったチュティモンちゃん、さすがモデルだけあってとってもカッコいいです。では、まずは映画のデータからどうぞ。

『ハッピー・オールド・イヤー』 公式サイト
 2019年/タイ/タイ語/113分/原題:ฮาวทูทิ้ง.. ทิ้งอย่างไรไม่ให้เหลือเธอ/英語題:Happy Old Year
 監督:ナワポン・タムロンラタナリット
 出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、サニー・スワンメーターノン、サリカー・サートシンスパー、ティラワット・ゴーサワン、パッチャー・キットチャイジャルーン、アパシリ・チャンタラッサミー
 配給:ザジフィルムズ、マクザム
※12月11日(金)より、シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー

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バンコクの中華街のはずれにあるビル。そこの1階と2階に住んでいるのは、北欧に留学していたデザイナーのジーン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)の一家。兄でアパレル関係のデザイナーであるジェー(ティラワット・ゴーサワン)、そして母(アパシリ・チャンタラッサミー)の3人で暮らしています。父はずっと前に家を出て行ってしまったのですが、それまでこのビルで音楽教室を開いており、大きなピアノを始め、様々な楽器が今でも残っていました。また、兄は自作の服を作って販売しているため、2階は兄のスタジオのようになっていて、これまた物がたくさんあります。ジーンは北欧生活で学んだミニマルなライフスタイルに憧れており、こんまりさんの断捨離本の影響も受けて、ゴミを全部捨てて家をリフォームしようと思い立ちます。リフォームの設計を友人のピンク(パッチャー・キットチャイジャルーン)に依頼し、家を下見してもらうのですが、母はリフォームには大反対。とっても邪魔なピアノも父の思い出ゆえか、「絶対に捨てないわよ」と言い出す始末。とりあえず、ジーンは自分の部屋にあった不要品を始末し始めますが、これがなかなか難しく、いろんな思い出もあって一概に捨てられません。

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それじゃ、元の持ち主に返そう、というわけで、直接会ったり、郵送とかで間接的に返すのですが、それも返された方が傷ついたりして、なかなかうまく行きません。かつて付き合っていたボーイ・フレンドのエム(サニー・スワンメーターノン)にもカメラを返しに行きますが、久しぶりに会ったエムに対して微妙な感情が湧き出し、ジーンの心は揺れます。ところが、エムに今の彼女のミー(サリカー・サートシンスパー)を紹介されると、それはそれで心がざわついて...。こんな調子では、ジーンは家のリフォームに取りかかれるのでしょうか? また、父に対する感情をいまだ整理できないままの母は、ピアノの始末に賛成してくれるのでしょうか? 年の瀬が近くなり、ジーンは「ハッピー・ニュー・イヤー」と言えるかどうかの瀬戸際に立たされます...。

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上に「こんまりさん」と書きましたが、皆さんご存じでしたか? 私は3年ほど前にロスにいる友人から教えてもらい、海外でそんなに有名なの? とびっくりしました。近藤麻理恵さんというお片付け名人のことで、詳しくはWikiを見ていただければと思いますが、著書はタイ語にも訳されて出版されているそうです。こんまりさんのブログにある、タイ語版「人生がときめく片付けの魔法」の紹介はこちらです。本作の中のジーンは、北欧生活でミニマリズム生活が身につき、さらにはこの本の影響を受けた、という設定になっていますが、ミニマリズム映画は理解できても、北欧の国々――スウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどはそんなにミニマルな生活なのかなあ、とちょっと疑問もきざします。そんなわけで、ジーンの心情に少し共感できない点もあるものの、プレゼントを返して相手を傷つけてしまうところや、元カレ&その今カノとのやり取りなどは、いろいろ身につまされる点がありました。「断捨離」は今や日本では国民的関心事ともなっていますし、それを若い女性、しかもタイ人の女性が断行する、というのはなかなかに興味深く、どの世代の人も見入ってしまうのでは、と思います。

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そのほか個人的に興味深かったのは、ジーン一家が住んでいる場所です。バンコクの鉄道起点駅フワランポーン駅の西南側には、ヤワラートの中華街が広がっているのですが、それの駅に近いあたりに、ヤワラートの中心街とはまた違った雰囲気の中国系タイ人が住む一画があります。1980年代初めから割とよくバンコクに行っていた私は、シーロムやMBK近くの安ホテルに泊まっては、ヤワラートとインド人街のパフラートをうろついていたため、ジーン一家の家が写った時、あ、あの辺りだ、と大体の見当がついたのでした。中華系タイ人が居住したり、小さな会社を構えたり、時には棺桶屋などのあまり表通りには出せない商売をしていたりして、とても興味深い一帯です。ジーンたちも中華系タイ人のようで、音楽教室には「伊力音楽院」(だったと思います)とかいう中国語の看板もかかっていました。ジーン役のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンも、その兄役のティラワット・ゴーサワンも、明らかに中華系タイ人の顔なので、なるほどなー、と思った次第です。

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ただ、母親役のアパシリ・チャンタラッサミー(上写真右側)はタイ系の顔なので、このキャスティングにも何か意味があるのでは、と思います。アパシリ・チャンタラッサミーは、1995年版の『メナムの残照』でトンチャイ・メークインタイの相手役としてアンスマリンを演じた女優だとのことで、よくよく画面を見れば面影が残っていて懐かしかったです。太平洋戦争期のタイを舞台に、日本軍将校とタイ人女性の政略結婚と愛を描く『メナムの残照(原題”Khoo Gam/運命”)』は、タイ人女性作家の書いた小説で、タイでは何度も映画やドラマになっています。1995年版は、トンチャイ演じる日本軍将校の小堀が軍の宿舎で三味線を弾いたりするので、日本ではとうとう上映されなかったと思いますが、その後も映画女優として活躍していたのですね。クールな子供たち2人に向かっていく母親を演じて、迫力ある演技を見せてくれています。

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監督のナワポン・タムロンラタナリットは1984年生まれ。チュラと呼ばれる名門チュラロンコン大学の芸術学部で中国語を専攻したという変わり種です。在学中から短編を撮り始め、卒業後は脚本家や映画評論家として活躍、そして2012年に監督デビュー作『36のシーン』を撮ります。2作目の『マリー・イズ・ハッピー』(2013)は2013年の東京国際映画祭で上映されたのですが、高校生の女の子の話で、画面にどんどんツイート文が登場するという、とても変わった作品でした。その後の作品――『あの店長』(2014)、『フリーランス』(2015)、『ダイ・トゥモロー』(2017)、そして本作『ハッピー・オールド・イヤー』は大阪アジアン映画祭で上映、また『噂の男』(2014)はアジアフォーカス・福岡国際映画祭で、さらに『Bangkok48: Girls Don't Cry』(2018)は東京国際映画祭で上映されてきたという、全作品が日本でお披露目されている希有な監督がナワポン・タムロンラタナリットです。これらの作品のいずれかをご覧になって、本作は未見という方は、絶対にお見逃しなく。

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それと、見どころはやはりチュティモンちゃん。全編白のトップで下は黒、という、タイの女子高生みたいな服装なのですが、トップはTシャツだったりブラウスだったり、そしてボトムはスカートだったりパンツだったりと、モデルとしても活躍する彼女の姿にうっとりすること請け合いです。笑顔、泣き顔、困り顔と表情も豊かで、ジーンの感情を余すところなく伝えてくれます。チュティモンちゃんと一緒に、本作の中で大晦日を迎えて下さい。最後に本編映像が付いた予告編を付けておきますので、味わい深いシーンを少しだけお楽しみ下さいね。

タイ映画『Happy Old Year』本編映像が解禁

 

インド映画『キケンな誘拐』が面白すぎる!

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この間リリースされたDVDで、やっとインド映画『キケンな誘拐』(2013)を見ることができました。いやー、面白い! 面白すぎる!!  久々に、完成度の高いシネフィル作品インド映画を見た思いです。昨日から始まっている<インディアンムービーウィーク2020リターンズ>でも上映されますので、必見マークを付けて簡単にご紹介しておこうと思います。

『キケンな誘拐』(DVD&映画祭)
   2013年/インド/タミル語/133分/原題:Soodhu Kavvum
 監督:ナラン・クマラサーミ
 出演:ヴィジャイ・セードゥパティ、アショーク・セルヴァン、ラメーシュ・ティラク、ボビー・シンハー、カルナーカラン、サンチター・シェッティ
 DVD発売元:フルモテルモ/販売元:ハピネット・メディアマーケティング
 DVD発売中&<インディアンムービーウィーク2020リターンズ>で上映中

ストーリー等は、上に画像を出したDVDジャケットの裏面(下写真)にうまくまとめてありますのでこちらをどうぞ。少し大きめの画像を貼り付けておきます。

このトップに書いてある「誘拐の5つの極意」が面白く、またその実施実態がこれまた面白くて口あんぐり。成功例、失敗例(当然こちらの方が多い)共によく考えてある上に、それをコワモテの髭男ダース(ヴィジャイ・セードゥパティ)がやるのでよけいに面白い、というわけですが、ダースが一風変わった男だという証拠もそのうちに示され、なるほどな~、と感心してしまいます。そして、この「極意」の条件①を無視したばっかりに巻き起こるお話の転がり方には、唖然、ボー然、愕然、最後には陶然となって拍手喝采してしまうこと、間違いなし! よくまあ、こんな緻密な脚本が書けたものですね、ナラン・クマラサーミ監督。原題の『Soodhu Kavvum』は「因果はおのれに返る」というような意味らしく、タミル語映画に詳しい深尾淳一さんは「インド映画完全ガイド」の中で「悪事我が身に返る」と訳しています。それだと少々わかりにくいので、『キケンな誘拐』という邦題になったようですが、こちらはこちらで内容をズバッと言い当てていていいですね。

事前に情報を入れずにご覧になる方が面白さが倍加すると思いますので、紹介はここまで。なお、登場人物としては、ジャケットのストーリーに登場する4人のほか、ダースといつも一緒にいる女性シャール(サンチター・シェッティ)、州政府の財務大臣(M.S.バースカル)とそのドラ息子アルマイ(カルナーカラン)、そして後半に登場する閻魔の生まれ変わりかと思うような鬼警部(ヨーグ・ジャピー)がいます。DVDのジャケット裏に、彼らがダースと共に登場するイメージ・ポスターが印刷されていましたので、下に付けておきます。

ほかには、『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995)などでお馴染みのベテラン俳優ラーダー・ラヴィも州首相役として登場、出演者たちの達者な演技が存分に楽しめます。アマゾン沼でのDVDのサイトはこちら、<インディアンムービーウィーク2020リターンズ>での上映日情報はこちらです(おっと、すみません、本日上映だった映画館もありましたね。紹介遅れをお許し下さい)。新型コロナウィルスの感染拡大が止まりませんが、楽しいインド映画を見て免疫力をぐん! とアップさせて、新しい年をお迎え下さい。

 

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