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Channel: アジア映画巡礼
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インド映画♪脇役賛歌<その3>『命ある限り』

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『命ある限り』は、主役の3人、シャー・ルク・カーンとカトリーナ・カイフとアヌシュカ・シャルマの印象が強すぎて、脇役って誰かいたっけ? と一瞬考えてしまいました。いやいや、いました、こんな人たちが。カトリーナ・カイフ演じるミラの父親、別れた母親プージャ、それから母親の再婚相手イムランに、あと女医のカーン先生。では、と調べ始めたら、カーン先生を演じていたのはあの女優だった! とわかってびっくり仰天。年月は人を変えますねー。

<C>2012 YASH RAJ FILMS PVT. LTD.

ミラの父:アヌパム・ケール Aupam Kher

Photo by R. T. Chawla

1955年3月7日、北インドの避暑地シムラの生まれ。ヒマーチャル・プラデーシュ州大学在学中に演劇活動を始める。1982年ヒンディー語映画『到来[Aagaman]』で映画俳優としてデビュー。1984年に主演した『命ふたたび[Saaransh]』で、息子を亡くした老夫婦をローヒニー・ハッタンガリーと共に演じ、その演技力を高く評価された。『命ふたたび』は、日本でもテレビ放映されている。

以後、芸術系の作品に出演すると共に、娯楽作品の名脇役として多数の作品に出演、ボリウッド映画界に確固たる地位を築く。当初は『劇薬[Tezaab]』 (1988)でのような悪役が多かったが、次第に「よき父親」役が定番となり、『私はあなたの何?![Hum Aap Ke Hain  Koun...!]』 (1994)、『シャー・ルク・カーンのDDLJ ラブゲット大作戦』 (1995)など、ヒット作には欠かせぬ存在となった。これまでに出演した作品は約350本。監督作品もある。映画出演の傍ら、デリーにある国立演劇学校の校長や、映画検定委員会の委員長も務めたほか、演技学校も経営している。

妻は『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』の母親役キラン・ケールで、キランは再婚。キランの前の結婚による息子シカンダル・ケールも俳優としてデビューしている。上の写真は、10数年前のアヌパムとキラン。

ミラの母の再婚相手イムラン:リシ・カプール Rishi Kapoor

1952年9月4日生まれ。父は「インド映画界のキング」と呼ばれた、俳優・監督・プロデューサーのラージ・カプール。祖父も映画黎明期の名優プリトヴィーラージ・カプールで、父の弟シャンミー・カプール、シャシ・カプールも俳優という、映画人一家に生まれる。兄ランディール・カプール、弟ラージーウ・カプールも一時俳優として人気があった。この兄弟はそれぞれ幼名があり、ランディールは”ダッブー”、リシは”チントゥー”、ラージーウは”チンプー”という名前でも知られている。『恋する輪廻』では、冒頭でオームがこっそり持って行こうとした上着を衣装係に取り返され、「チントゥーさんが愛を込めて放ってくれたのに」と言うシーンがある。

1972年『私はピエロ』で父ラージ・カプールの少年時代を演じてデビュー、翌1973年に公開された父の監督作『ボビー』が大ヒット、たちまち人気俳優となる。以後、1970年代・80年代を通じて青春スターとして大活躍する。代表作は、『時として[Kabhi Kabhie]』 (1976/上写真)、『アマル・アクバル・アントニー』 (1977)、『借り[Karz]』 (1980)、『チャーンドニー[Chandni]』 (1989)など多数。1970年代に多くの作品でコンビを組んだ女優ニートゥー・シンと1981年に結婚。2人の子供がおり、息子ランビール・カプールは『バルフィ!』 (2012)などに主演している人気俳優である。また、兄ランディールの娘、カリシュマー・カプールとカリーナ・カプールも女優として活躍している。

最近は名脇役として演技の幅を広げており、『チャンスをつかめ!』 (2009)、『火の道』 (2012)などで印象的な演技を見せているほか、『恋する輪廻』でも自分自身の役でカメオ出演していた。

Photo by R. T. Chawla

ミラの母プージャ:ニートゥー・シン Neetu Singh

1958年7月8日、デリーのシク教徒家庭に生まれる。教育を受けたのはムンバイで、1966年子役としてヒンディー語映画『100万[Dus Lakh]』でデビュー。当時の芸名は”ベビー・ソニア”(当時子役は、女の子なら”ベビー”、男の子なら”マスター”がつくのが定番だった)。1974年にリシ・カプールと共演した『毒のある男[Zehreela Insaan]』 あたりから女優として人気が出、以後リシ・カプールとの共演作を中心に人気が沸騰する。『養育[Parvarish]』 (1977)などアミターブ・バッチャンとの共演作も多く、当時ブームとなった”マルチスター・システム映画(オール・スター・キャスト映画)”の一翼を担った。

1981年にリシ・カプールと結婚して以降は主婦業に専念していたが、一時リシとの間があやしくなり、離婚が取り沙汰されたこともある。2009年『今どきの恋愛』のゲスト出演でスクリーンに復帰、以後もリシ・カプールとの共演作『2の2倍は4[Do Dooni Char]』 (2010)や本作を経て、少しずつ女優業を再開し始めている。上の写真は、1990年代末のリシ・カプールとニートゥー・シン。

カーン医師:サーリカー Sarika

1962年6月3日、ニューデリー生まれ。両親はマハーラーシュトラ州出身で、その後ムンバイに移り、子役として1960年代に映画デビュー。ただし、最初は男の子役をしていたため、芸名も”マスター・スーラジ”と呼ばれていた。B級作品に何本か出演したあと、1975年の『歌、歌いつつ[Geet Gata Chal]』が大ヒットして若手人気女優となる。この作品はクリシュナ神の物語を下敷きにしており、主演男優のサチンと共にサーリカーの名前は一躍有名になった。上のブロマイドは、その頃のものである。

その後、サチンとの共演作が続き、一時期2人は結婚していたという説もある。1980年代にも多くの作品に出演しているが、これといったヒット作はなく、その後サーリカーはタミル語映画のスーパーアクター、カマラハーサンと結婚。1986年には現在トップ女優となっているシュルティー・ハーサンを、また1991年には次女をもうけるが、2000年に離婚する。離婚後は映画に復帰、『脳みそ丸揚げ[Bheja Fly]』 (2007)などの作品に出演している。

いやー、あのサマルの性生活の敵(笑)であるカーン医師が、サーリカーだったとは。メガネをかけていたこともあって、全然わかりませんでした。『歌、歌いつつ』(これも、『恋する輪廻』の中でネタになっていましたね)をデリーのゴールチャーという映画館で見てからもう40年近く。お互い、年を取りましたねー、サーリカーさん。

<C>2012 YASH RAJ FILMS PVT. LTD.

こんな風に脇役陣も超豪華だった『命ある限り』。明日、5月7日(火)の午後7時からの上映前には、<サラーム海上の「みんなインドにしてしまえー!」>イベント@シネマート新宿の第3回があります。このイベント、毎回豪華なプレゼントが出るので有名で、第1回は何と、激レア『タイガー 伝説のスパイ』ロビーカード8枚セット(太っ腹!)、本国オリジナルポスター、カビール・カーン監督サイン入りプレスとまあ、出るは出るは状態だったとか。明日はどんなプレゼントが出るんでしょうねー。楽しみにして、お越し下さい。イベントの詳細はこちらをどうぞ。

では、シネマート新宿でお待ちしています〜。

 


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