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第17回東京フィルメックス:私の総括

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2016年の東京フィルメックスは、11月26日(土)に各賞が発表され、授賞式が行われたのち、翌27日(日)の上映で無事閉幕しました。今年はコンペティション部門の審査員として、候補作10本と向き合うという非常に貴重な経験をさせていただいた私なので、この機会に簡単にコンペ作品を振り返っておきたいと思います。

まず、受賞結果と受賞理由を書いておきましょう。

◎最優秀作品賞:『よみがえりの樹』

 張憾依(チャン・ハンイ)監督作品/2016年/中国/80分/原題:枝繁葉茂/英題:Life Aftrer Life

<受賞理由>映画監督になる前はサッカー選手になりたかったという監督の、オリジナリティーあふれる初の長編映画。中国の片田舎でゆっくりと、しかし痛みを伴いながら村が消えていくという現実を捉えています--しかも、それをセンチメンタルにはさせず、安易なノスタルジーに浸ることもなく、淡々と描き出しています。その手法も、男女の性別を超えるという驚くべき展開で。どの場面も強く記憶に焼き付けられます。


◎審査員特別賞:『バーニング・バード』

 サンジーワ・プシュパクマーラ監督作品/2016年/フランス、スリランカ/84分/原題:Davena Vihagun/英題:Burning Birds

<受賞理由>本作品は、1980年代後半の残虐な内戦で負った痛みに対する痛烈な叫びです。夫と義母を失い、それでも力を絞り家族を守ろうと苦戦し、挙句の果てに子供たちからの敬意を失ってしまった、とある女性の視点から描かれています。過去に起きた、ほとんど世間でとりあげられることのなかった出来事ではありますが、現代社会において、むしろ切迫した、今日的に意味あることとして描かれています。


◎スペシャル・メンション:『私たち』(仮題)

 ユン・ガウン監督作品/2015年/韓国/95分/原題:우리들/英題:The World of Us

<受賞理由>とても繊細かつシンプルな手法で、子供たちのストーリーを語り、気持ちを表現しています。特にクローズアップの子供たちの表情は、多くを語り、我々の心を打ちます。今後が楽しみな若い女性監督を奨励する意味で、『私たち』をスペシャル・メンションと致しました。


まず、『よみがえりの樹』ですが、私はこの作品を3月の香港国際映画祭で見ていました。舞台となったのは、中国のちょうど真ん中あたりにある陜西省の山間の村。黄河流域の黄土地と呼ばれるこのあたりは、荒涼たる風景が広がる中に、かつて住居となっていた洞窟式のヤオトンと呼ばれる住まいがうち捨てられたように残っていたりします。平地に目を転じるとメタンガス工場が威容を誇り、その周辺にできた団地には、山間部の人々が徐々に移り住み始めています。彼らが移住したあとの村は廃屋が増え、果樹園も枯れてしまいました。そんな果樹園を、年老いた叔父と共に歩む中年の男明春(ミンチュン)と、その小学生の息子雷雷?(レイレイ)が本作の主人公となります。

叔父は間もなく亡くなるのですが、その叔父の死に促されたのか、数年前に亡くなったミンチュンの妻秀英(シュウイン)の魂がよみがえり、レイレイに憑依するのです。そして、ずっと気に掛かっていたという、かつての自宅前にあった木を移植してくれるよう、ミンチュンに頼みます。顔は小学生なのに、シュウインの声で語りかけるレイレイ。ミンチュンはシュウインのよみがえりをまったく疑うことなく受け入れ、彼女の父母の所に連れて行ったり、彼女が教えてくれた自分の両親の生まれ変わった所を訪ねたりします....。母親に憑依されたレイレイが、父に向かって「ミンチュン・ア」と呼びかける瞬間が何とも衝撃的で、そこから別の1ページがめくられるように物語が進行していくのが、香港で見た時も、今回見た時も、強く印象に残りました。

本作は『山河ノスタルジア』などの監督賈樟柯(ジャ・ジャンクー)が、若手映画人のために始めたプロジェクト「添翼計劃(ウィング・プロジェクト)」の一環として作られた作品で、上の写真で審査員のアンジェリ・バヤニさんと話しているのが、プロデューサーの王思静(ジャスティン・オー)さんです。ジャスティンさんの「王」を「オー」と読むのは、祖父が日本統治時代に呼ばれていたままを読み方にしたそうで、それからもわかるようにジャスティンさんは台湾の出身です。授賞式前にチャン・ハンイ監督が別の映画祭に出席するために日本を去ったので、ジャスティンさんが代わって賞を受け取ったのですが、「この賞は、監督にとっても我々にとっても大変大きな力になります」ととても喜んでくれました。コンペ作品の中には、『よみがえりの樹』よりも作り方のうまい作品もあったのですが、『よみがえりの樹』に賞を差し上げる方が映画の未来に繋がる、という判断から、我々は『よみがえりの樹』を選んだのでした。と言っても本作が技術的に劣っているということはまったくなく、農村が静かに崩壊していく様を繊細な映像の積み重ねでとらえ、その一方で坂道をパンで写し出すなどして山里の懐の奥深さを見せてくれたりと、「将来化けそう」と思わせる箇所が多々あります。下はジャスティンさんとカメラマンの謝明芳(スネア・シェー)さんですが、台湾の若き力も注ぎ込まれたジャ・ジャンクー監督のプロジェクト、今後も秀作を生んでくれそうです。


フランス、スリランカの国際共同製作による『バーニング・バード』は、魚を行商するやさしい夫と8人の子供たち、そして夫の母親と、貧しいながらも幸せに暮らしている中年女性クスム(レオニ・コタラワラ)が主人公です。ところがある日、密告を受けて夫が民兵に殺されてしまいます。密告したのは村の校長でした。生活が困窮し、クスムは採石場に働きに出ますが、事故が起きて採石場は閉鎖になってしまいます。続いての職場は、苛酷な牛肉処理場。男たちに混じって一生懸命働くクスムにオーナーは何かと目を掛けますが、そこには彼女の体を自由にしたいという下心があったのでした。オーナーと彼の雇ったギャングたちにレイプされたクスムは、町で声をかけられた男についていき、ついには娼婦として働き始めます。お金は手に入るものの、ここでも男たちの暴力的なふるまいに耐える日々。そしてついには警察の手入れが入り、クスムが娼婦をしていたことが村中にばれてしまいます...。


こんな、とことん不幸になる女性を描いたのは、上写真で審査員のカトリーヌ・ドゥサールさんと話しているサンジーワ・プシュパクマーラ監督。これが第2作ですが、第1作の『フライング・フィシュ』(2011)も以前フィルメックスのコンペ作品に選ばれています。絵作りにすごい力のある人で、少々現実からは離れても、象徴性に満ちた画面を入れて画面に緊迫感を生み出す名手です。夫を殺す民兵たちが黒Tシャツに黒ズボン、というのも何かの象徴かと思ったのですが、監督に聞きそびれました。フィルメックスのボランティアの人たちに人気があったようで、クロージング・パーティーでプシュパクマーラ監督が挨拶をしていると、「カワイイ! あの監督さん、韓国に留学してたから韓国語もしゃべれるんだって」とお嬢さんたちが噂していました。監督、もう39歳なんですが、確かに童顔ですね...。アジア映画をたくさんプロデュ-スしているカトリーヌさんに、ぜひ次作を手がけてもらって下さい。


そして、このカトリーヌさんやアンジェリさん、そして私など女性審査員がイチオシしたのが、韓国のユン・ガウン監督の『私たち』。トップシーンで、主人公の小学生の少女ソン(チェ・スイン)がなかなかドッジボールのチーム分けに入れてもらえず、期待と失望とそれを押し隠す表情をしてみせる長回しのアップシーンだけでも、映画にぐいと引き込まれる作品でした。下の写真のようにとっても若いユン・ガウン監督なのに、あの演出力、辛抱強い絵の撮り方は、賞賛に値します。そしてストーリーも、こちらの心がどんどん持って行かれてしまう感じで流れていき、最後まで目が離せません。来年の公開も決まっているそうなので、それを応援する意味もあって、常設の賞ではないスペシャル・メンションを差し上げることにしました。今回の観客賞も『私たち』で、観客の皆さんもこの作品を愛でられたことがわかります。公開が待ち遠しいですね。


この3作品のほか、学生審査員賞に選ばれたフィリピン映画『普通の家族』も圧倒されるような作品でした。


路上生活をする若夫婦の赤ん坊が、言葉巧みに近づいたゲイによって誘拐され、その子を取り戻そうと必死になる若夫婦、という物語は、ピーター・チャン監督の『最愛の子』(2014)や、アジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映されたインドとカナダの国際共同製作映画『シッダルタ』(2013)を思い出させ、あの焦燥感を再びたっぷりと味わいました。特に幼い母親役のハスミン・キリップの演技は圧巻で、今でもあの顔が脳裏から消えません。たった2日間のワークショップを行っただけで、全編野外ロケの本作を10日間で撮りあげたというエドゥアルド・ロイ・Jr監督、フィリピンのシネマラヤ映画祭で最優秀作品賞を含む5つの賞を受賞したのも納得です。


また、ミディ・ジー(趙徳胤)監督の『マンダレーへの道』も、審査員の支持が高かった作品でした。私も、第1作『Return to Burma(ビルマ帰省)』(2011)から彼の作品が大好きで、今回もファーストシーンから、これよこれこれ、と見ていて血が騒ぎました。ミャンマーからタイに密入国して働く若い女性蓮青(リャンチン)(呉可熙/ウー・クーシー)が主人公で、同じ時に密入国して親族の所で働く阿國(グオ)(柯震東/クー・チェンドン)が何かと親切にしてくれ、やがては恋人同士になります。しかし、正式にタイの身分証を取って、さらには台湾に移って働く決心をしているリャンチンと、お金を貯めたらミャンマーに戻りたいと思っているグオとの間にはやがて溝ができはじめ、それが悲劇へとつながっていきます。


Q&Aでミディ・ジー監督は、台湾の俳優である主人公2人には、1年半ぐらい訓練の期間を取ると前もって言い渡し、8、9ヶ月ミャンマーに行って実際の生活を体験してもらった、と話していました。そのかいあって、『あの頃、君を追いかけた』(2011)ではピッカピカの高校生だったクー・チェンドンは、くすみまくった田舎のミャンマー青年にしか見えず(まあ、その後いろいろあったことも影響しているのかも)、ミディ・ジー監督の前の作品『アイス・ポイズン』(2014)にも出演したウー・クーシーは、あの時とはまた違った赤いほっぺのビルマ人女性になり切っていました。彼女が軽トラの助手席に座って、タイ国内をバンコクへと移動するシーンを見ただけでも、これは素晴らしい作品だと確信できる出来です。林強(リン・チャン)の音楽もピッタリだったのですが、すでに自らのスタイルを確立し、各地で次々と受賞しているミディ・ジー監督には今更この賞は不要では、ということから、将来性の方に重きを置いて『よみがえりの樹』を選んだのでした。


なお、審査委員長のトニー・レインズさん(上写真左。右は同じく審査員の韓国の監督パク・ジョンボムさん)は、日本映画『仁光の受難』(下の写真)がすっかりお気に入りのようで、審査委員長講評のたびに言及しておられました。


庭月野議啓監督のこの作品、確かに自主映画には珍しい時代劇ですし、浮世絵をアニメ化してたびたび挿入するという手法も斬新でしたが、他の外国映画候補作のように細部にまで神経を行き届かせてほしかった...。そんなこんなで、とても勉強になった今度の審査員体験でしたが、やはりグダグダに疲れてしまい、レポートが遅くなりました。受賞3作品は、『私たち』(仮題)だけでなく、『よみがえりの樹』や『バーニング・バード』も、ぜひどこかの配給会社さんが買って公開して下さることを願っています。今回の上映に来て下さった皆様、本当にありがとうございました。来年も、東京フィルメックスをどうぞよろしく!

 

 


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