『バルフィ!人生に唄えば』がいよいよ今週末、8月22日(金)から公開されます。この作品の中で重要な役割を果たすのが、イリヤーナー・デクルーズ演じる女性シュルティです。主人公バルフィが一目惚れしてしまう美しい女性であり、またバルフィとジルミルの結びつきをずっと見守ることになる、いわば狂言回しのような役割を背負う存在でもあります。そこにイリヤーナー・デクルーズをキャスティングしたアヌラーグ・バス監督の目は確かで、演技力ではジルミルを演じるプリヤンカー・チョープラーやバルフィを演じるランビール・カプールには及びませんが、その輝くばかりの美しさで、イリヤーナー・デクルーズは圧倒的な存在感を示しているのです。
(C)UTV Software Communications Ltd.
イリヤーナー・デクルーズは、1987年11月1日ムンバイ生まれの26歳。姓からもわかるようにルーツはゴアで、ムンバイとゴアで半々に育ったとか。2006年にデビューして以降、『バルフィ!人生に唄えば』までにすでに18本の映画に出演していますが、いずれも南インドのテルグ語映画やタミル語映画だったため、ボリウッドでは名前を知られていませんでした。ところが、『バルフィ!人生に唄えば』の大ヒットですぐさまボリウッドの人気女優の仲間入りを果たし、この間公開されたヴァルン・ダワンの主演作『俺は君のヒーロー(Main Tera Hero)』もまずまずのヒットとなったため、今とても注目されている女優の一人となりました。
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インド的な美しさと共に、ヨーロッパ美人にも通じる美を備えた彼女ですが、今回の役はかなり難しかったのでは、と思います。というのが、演じるシュルティは典型的なベンガル女性という設定だからです。広いインドでは地方地方によって言葉や文化が違っているだけでなく、人の顔立ちや時には体型にも違いがあります。人種的には、南インドのドラヴィダ系の人々、北インドのインド・アーリア系の人々、東端の諸州などのチベット・ビルマ系の人々と大まかに3つに分かれていて、その中でも地域によって微妙に顔立ち等が違ってくるのです。イリヤーナー・デクルーズにとってベンガル女性の雰囲気を出すのは難しかったと思いますが、衣装や髪型などに助けられて結構雰囲気が出ており、特に結婚後のシュルティはベンガル女性そのものの形象となっています。
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上の写真はコルカタでのシーンですが、右のシュルティは木綿のベンガル・サリーを優雅に着こなし、髪型も1970年代のスター、シャルミラー・タゴールをモデルにしたような、後頭部をふくらませたスタイルになっています。シャルミラー・タゴールはサイフ・アリー・カーンの母親としても知られていますが、サタジット・レイ監督の芸術映画『大樹のうた』(1959)でデビューし、その後カルカッタ(当時)からボンベイ(当時)の映画界に移って、1960・70年代には多くの人気作・ヒット作に主演したトップ女優でした。シャルミラー・タゴール以外にもボリウッド映画界で活躍したベンガル人女優は多いものの、彼女が一番象徴的な存在と言えます。それで、今作でも彼女のスタイルが参照されたのではないかと類推している次第です。下は、1972年の作品『不滅の愛(Amar Prem)』のポスターで、主演のシャルミラー・タゴールとラージェーシュ・カンナーです。
あと、上のスチール写真で特にご注目いただきたいのが、シュルティが腕にしている赤と白の腕輪。肘に近い方の2本です。白いのはシャンク(ホラ貝)を輪切りにした腕輪で、必ず赤いプラスチックの腕輪と共に身につけます。左手がちょっと切れていますが、シャンクの腕輪は両手に着けられるよう2本一組になっている(インドの金属のバングルはたいていが2本組か4本組なのですが)ので、左手にも赤い腕輪と共に付けられています。これが、ベンガル地方での既婚女性の印なのです。以前の記事では、北インドではマンガルスートラという金と黒ビーズのペンダントが既婚の印、と書きましたが、ベンガル地方はまた別の既婚の印があるのですね。
上のスチール写真で真ん中にいるジルミルは、シュルティの美しいサリー姿を見て対抗心を燃やし、自分もサリーをまとってみているのですが、下に着ているのがぴったり身についたブラウスでないこともあって、全然サマになっていません。サリーのブラウスはタイトなぐらい身にぴったりでないと粋ではなく、また時代時代で流行があるので、袖の長さや衿の開き具合など、なかなかに着こなしが難しいものです。シュルティのサリー姿は時代の設定が1970年代末ということもあって、ちょっとレトロっぽくなっており、とてもステキです。ジルミルが嫉妬するのもわかりますが、その後シュルティもまた、ジルミルをうらやましく思うようになるのです。そのあたり、シャンクの腕輪に注目しながら、ご覧になってみて下さい。
微妙な女心を、プリヤンカー・チョープラーに負けずに見事に表現したイリヤーナー・デクルーズ。今後ますます伸びる女優であり、成長株と言っていいでしょう。ぜひ、『バルフィ!人生に唄えば』でファンになっておいて下さいね。公式サイトには、彼女の美しいスチールがまだまだいっぱい出ています。
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それからもう1人、ぜひ注目していただきたい人がいます。上の写真のダッタ警部役、ソウラブ・シュクラーです。インド映画ファンにはお馴染みの顔だと思いますが、芸術映画からボリウッドの大作まで、いろんな作品で脇を固めている名優です。1963年5月5日生まれですからまだ51歳。若い時から髪の毛がアレだったので、結構年を食っているように見えるのですが、お若いのですね。俳優として有名ですが、監督・脚本家でもあります。
若い時から舞台で鍛えているだけあって、とにかく演技のうまい人で、映画デビュー作『女盗賊プーラン』(1994)で早くも私はノックダウン。その後80本以上の作品に出演、『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)ではヒラの警官を演じていたので、顔を憶えている方も多いことでしょう。『バルフィ!人生に唄えば』では、バルフィの天敵のダッタ警部をユーモラスに演じて作品に厚みを持たせています。特に2人の追っかけっこシーンは、いろんな作品のパロディが入ったとても楽しいシーンに仕上がっていますので、注目して下さいね。
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インド映画2014夏の陣の最後を飾る『バルフィ!人生に唄えば』、いよいよ8月22日(金)から公開です!
<追記>
最近、「インド映画通信」のソニアさんの記事に感心すること多し。こちらの記事「結局インド映画って何?」とか、こちらの「いろいろあるから楽しい映画評」とか。フェアな精神が感じられて好きです。昨年の『きっと、うまくいく』のヒットと、この夏のインド映画大量公開を経て、そろそろ「インド」映画ではなく、インド「映画」として見てもらえる時代がやってきたかな、と思う今日この頃...。